2019年7月18日(木)

日常にくすぶる緊張、黒人監督が映画で告発
カンヌ映画祭リポート(3)

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2019/5/17 17:00
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パリの街を歩いていて気付かされるのは黒人とアラブ人の多さだ。彼らの中には2010~12年に中東諸国で起こった民主化要求運動(アラブの春)以降、シリアから逃れてきた人も多くいる。フランスが移民・難民を積極的に受け入れてきた当事者であること、そしてコスモポリタン国家であることを再認識させられる。

そして、もう一つ目を引いたのは銃を携えた警官の多さ。15年のパリ同時テロ、16年の南仏ニースでのトラック暴走テロを受けて彼らの姿は日常の風景になった。

テロの影響はカンヌ映画祭も例外ではなく、映画を見るにも、会場内を移動するにも、いくつもの荷物検査とセキュリティーゲートをくぐる必要がある。映画館へのペットボトルなどの飲み物の持ち込みさえ禁じている。

「レ・ミゼラブル」の一場面
(C)SRAB Films - Rectangle Productions - Lyly films

「レ・ミゼラブル」の一場面
(C)SRAB Films - Rectangle Productions - Lyly films

こうした日常の中にくすぶる暴力への緊張はごく近年のもので、過去にはなかったものだと思っていた。だが、それはあまりにも無知だった。ずっと以前から暴力におびえている黒人がいたのだと強く告発する作品が15日に上映された。コンペティション部門に選ばれた「レ・ミゼラブル」だ。

何度もミュージカル映画や舞台になっている同国出身の作家ヴィクトル・ユゴーの小説と同じタイトルだが、小説の映画化ではない。小説の舞台にもなっているパリ郊外のモンフェルメイユに新たに配置転換された白人の警官の目を通して、衝突や激しいデモが当たり前となっている貧しい黒人の居住地区の暗たんとした現実を描く。

この警官を含む3人のチームは、ある捜査の過程で意図せず黒人の少年を傷つけてしまう。その現場を別の黒人少年にドローンで撮影されていたため、3人は少年から記録媒体を奪おうと裏社会をも巻き込んで奔走する。大人たちの間で話を付け、トラブルは収束したかにみえたのだが……。

監督のラジュ・リは1980年パリ生まれの黒人。映画で描かれた少年と同じようにモンフェルメイユの治安の悪い集合住宅で育った自身の境遇を、ドキュメンタリー作品としてカメラに収めることで映像作家として頭角を現した人物だ。

16日の記者会見でラジュ・リ監督は「警察が行使する暴力の実体は昔も今も同じ。(反政府デモの)『黄色いベスト』運動での警察の行為を見ればそれは明らかだ。私は20年間、ずっとこうした状況に抗議してきたが、何も変わらなかった」と語気を強めた。「映画の企画は約10年前に生まれ、途中資金難にもあったが、コンペに選ばれたことで成功したといえるだろう。だが、作品で訴えている問題は解決しない。本当の悲劇に見舞われているのは子供たちだ。私が郊外の現実を伝えたくても、それは私の知っていることでしかなく、彼らを代弁することにはならないのがもどかしい。ただ、昔は単に郊外の問題だとして無視されたが、『黄色いベスト』運動で警察による暴力の行使が知れ渡った今、フランス国民みんなで共有できる問題だ」と語り、「マクロン大統領にも作品を見てほしい」と呼び掛けた。

インターネットの普及は情報の授受を容易にしたが「見たいものしか見ない、見たくないものは見ない」という行為を助長させもした。そんな時代にあって本作は「見たくなくても目をそらしてはいけない問題がある」のだと強い意志で訴えかける説得力にあふれていた。上映後、世界各地から集まった記者たちの多くは作品の熱に浮かされて興奮している様子だった。賞レースに絡んできそうだ。

「バクラウ」の一場面
(C)Victor Juca

「バクラウ」の一場面
(C)Victor Juca

15日にはコンペ作品「バクラウ」も上映された。監督はブラジルのクレベール・メンドンサ・フィリオ&ジュリアーノ・ドルネレス。

タイトルのバクラウとは、ブラジルにある架空の町の名。94歳まで生きた家長カルメリータの厳かな葬式のシーンから始まるのだが、その後はUFO型のドローンが登場したり、殺し屋集団が現れたり、しまいには黒沢明監督「七人の侍」ばりの町を挙げての殺し屋集団との壮絶な戦いが繰り広げられたりと、予想のつかない展開のエンターテインメント作品だった。

「アトランティック」の一場面
(C)Les Films du Bal - Cinekap - FraKas - Arte France Cinema- Canal Plus internation

「アトランティック」の一場面
(C)Les Films du Bal - Cinekap - FraKas - Arte France Cinema- Canal Plus internation

16日に上映されたコンペ「アトランティック」は、女優としても活躍するフランスのマティ・ディオップによる初の長編。セネガルにルーツを持つディオップが、同国を舞台に恋愛映画を撮った。ありきたりでない物語の運びが異彩を放っていた。

(近藤佳宜)

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