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ケンタッキーダービーで健闘、日本ダート馬の可能性

米国の3歳三冠路線の第1戦、第145回ケンタッキーダービー(G1、米・チャーチルダウンズ、ダート約2000メートル)が4日行われ、日本から遠征したマスターフェンサー(牡、栗東・角田晃一厩舎)が6着に入った。敗れたとはいえ、後方から追い上げる鋭い脚は目立っており、健闘といえる内容だった。米国のダート競馬は日本馬にとって高い壁といわれ、遠征する馬も少なかった。だが、近年は様相が変わり、頂点である三冠路線でも善戦するケースがでてきた。約20年前から始まった日本国内でのダート路線の整備の成果がようやく表れてきた。

ケンタッキーダービーは米国競馬の最高峰レースのひとつ。2019年は19頭が出走した。不良馬場の中、逃げたマキシマムセキュリティ(牡)が1位で入線したが、第4コーナーで外にふくれて他馬の走行を妨害し、17着に降着。カントリーハウス(牡)が繰り上がりで優勝した。

マスターフェンサーは出遅れて、道中は馬群から離れた最後方を追走。勝負圏外かとも思われたが、最後の直線で馬群の中から猛然と追い上げた。最後の400メートルは出走馬中の最速のタイムを記録した。5着だった昨年の米国2歳王者、ゲームウィナー(牡)にはわずかに頭差。一線級とも接戦に持ち込んだ。

騎乗したジュリアン・ルパルーは「過去のレースをみて、スタートが遅いのは把握していたし、このようなレースになるのもわかっていた。最後は非常にいい脚を使ってくれた。距離が延びてもいいと思う」とコメント。管理する角田調教師は「馬の適応能力がずば抜けて高かった。日を追うごとに状態が上がった」と健闘の要因を語った。次戦はダート約2400メートルの三冠最終戦、ベルモントステークス(6月8日、G1、ベルモントパーク)の予定。米国馬は距離延長を嫌う馬が多く、好勝負が期待できそうだ。

厚い壁だった米ダート戦で歴史的成果

米国のダート戦は日本調教馬にとって厚い壁だった。「日本と違い、脚が沈んで抜けない感じだった」と角田調教師も語るように米国と日本のダートの砂質は異なる。前半のペースも日本のダート戦より速く、レースの質も違う。そのため日本馬の好走は難しいとみられていた。米国のダート戦への遠征自体も少なかった。

実際、ケンタッキーダービーに挑戦した日本調教馬はマスターフェンサーも含めてわずか3頭。1995年に日本調教馬としてケンタッキーダービーに初めて参戦したスキーキャプテンは19頭中の14着と大敗した。

ただ、21年ぶり2頭目の挑戦となった2016年のラニ以降は、風向きが変わってきた印象だ。同馬はケンタッキーダービーこそ9着と敗れたが、その後、三冠レースすべてに参戦し、2戦目のプリークネスステークス(G1、ピムリコ、ダート約1900メートル)で5着、ベルモントSでは3着に入った。出走取消に終わったが、17年にはエピカリスがベルモントSに挑戦しようと遠征した。

16年の2歳世代からは日本国内の指定レースで上位に入ると、ケンタッキーダービーの出走馬を選定するポイントを獲得できる制度が導入された。日本馬の出走で、日本でも馬券が発売されれば、売り上げアップが見込めるという米国の主催者側の狙いがある。指定レースは年々増え、今年は4競走に。ポイントランク最上位の馬が出走権利を得られ、4位までに入れば、上位馬が辞退した場合に繰り上がりで出走できる。

マスターフェンサーは今年、このポイントランキングで4位に入り、上位3頭が辞退したことで出走権を得た。この制度を利用してケンタッキーダービーに遠征した日本調教馬は今回が初めて。加えて、過去の2頭の日本調教馬は外国産馬で、マスターフェンサーは日本産の日本調教馬として初めてのケンタッキーダービー出走馬ともなった。様々な観点から、同馬の挑戦は歴史的なものといえた。結果も日本調教馬の史上最高着順。成果は大きかった。

今年はほかにも、海外のダート戦で前例のない活躍をした日本調教馬が現れた。舞台は米国ではなく、3月末のドバイ。ダート1200メートルのG1、ドバイ・ゴールデンシャヒーンでマテラスカイ(牡5、栗東・森秀行厩舎)が2着に入った。ダート1200メートルの海外G1で、日本調教馬初の連対となった。同馬の陣営は11月のブリーダーズカップ・スプリント(G1、米・サンタアニタパーク、ダート約1200メートル)に挑戦する意向だ。

ダートのスプリント戦線は国内でも地味な扱いを受けている。2000メートル級を戦うダート中距離馬と比較しても、海外との実力差が大きいと考えられていた。スプリント路線からも海外G1で好勝負する馬が出現した事実は、日本のダート馬全体の水準が向上していることの証明ともいえそうだ。

日本ではダート戦は芝と比べると一段下にみられる傾向があった。ダートの重賞路線が現在のように整備され始めたのは1990年代の半ば以降である。中央では97年にフェブラリーステークスがダートのレースとして初めてG1に昇格。93年には3つしかなかったダート重賞の数も年々増加し、10年以降は毎年15レース以上行われている。95年以降はダートが主体の地方競馬との交流が拡大。地方で行われる交流重賞も97年から全国的に統一した格付けがされるようになった。こうした動きが始まってから20年以上がたって、ようやく強化が進み、本場の米国でも勝負になる馬が出るようになった。

注目すべきはマスターフェンサー、マテラスカイともに、日本国内で「不動の最強馬」というような立ち位置ではない馬だということだ。マスターフェンサーは日本国内で最後に走ったオープン特別、伏竜ステークス(中山、ダート1800メートル)で2着。マテラスカイもスプリント路線でトップクラスの馬ではあるが、昨年のJBCスプリント(Jpn1、京都、ダート1200メートル)では2着に敗れた。

米3歳三冠路線に潜在的な遠征ニーズ

日本国内のダート戦線では今年の4歳世代の層が厚く、18年のチャンピオンズカップ(G1、中京、ダート1800メートル)を勝ったルヴァンスレーヴがダート最強馬と目されている。「もしもルヴァンスレーヴが遠征をすれば……」。マスターフェンサーやマテラスカイの好走をみて、そうした思いが頭をよぎった人も少なくないだろう。海外の競馬への適性や違う環境への適応能力などもあり、国内でこの2頭より強い馬が海外で力を発揮できるとも限らない。だが、最強クラスではない層の馬が好走することで、国内の競馬関係者の海外遠征への意欲をかき立てる効果も期待できる。

特に米国の3歳三冠路線には潜在的な遠征ニーズがありそうだ。日本中央競馬会(JRA)は2~3歳春にダートの高額賞金レースを設定することに消極的である。3歳世代最初の中央ダート重賞は日本ダービー(G1、東京、芝2400メートル)終了後の6月に組まれるユニコーンステークス(G3、東京、ダート1600メートル)までない。頂点であるダービーに向け、芝のレースを中心に番組を編成したいとの考えからだ。ダートで賞金を稼いでダービーに出走するという道を狭める狙いもある。

厩舎関係者からは3歳の優秀なダート馬を出走させるレースが少ないという不満の声も聞かれる。費用との兼ね合いもあるが、3歳ダート馬の目標としてケンタッキーダービーなどへの遠征を選択する陣営が今後増える可能性もある。特に米国馬が距離延長を嫌うベルモントSでは、日本調教馬が優勝争いに絡むケースが出てくるかもしれない。今年のマスターフェンサーにも、そのチャンスはある。

(関根慶太郎)

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