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「日の丸背負い戦う」現実に 女子野球・川端友紀(下)

2019/5/18 6:30
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川端友紀にとって、物心ついた時から野球は身近な存在だった。父が監督を務めるリトルリーグのチームに2歳上の兄、慎吾(ヤクルト)がいた。小3で同じチームに入ると、上達が早かった兄に憧れた。「兄にちょっとでも近づきたい」。向上心に火が付いた。

高学年になると、父からソフトボールへの転向を勧められた。当時、女子が野球を続ける環境は整っていなかった。明確な目標を抱けなかった時、2000年シドニー五輪で力投するソフトボールの高山樹里に目を奪われた。「五輪のマウンドに立つ」と決意し、中学からはしばらくソフトの投手一筋。市立和歌山商(現・市立和歌山)時代には国体にも出場したが、高校時代にソフトが五輪競技から外れると、目標を見いだせなくなった。

「選手に多くのヒントを与えられる自立した指導者になりたい」と話す

「選手に多くのヒントを与えられる自立した指導者になりたい」と話す

実業団へ進んだものの、身が入らない。1年目の夏にチームを辞め、アルバイトをしていたころに女子プロ野球発足に先立つ入団テストがあると知った。「野球で初めて目標ができる」喜びと同時に「野球女子はどれだけいて、自分はどのぐらいのレベルなんだろう」。純粋な興味があった。

2009年秋のトライアウトで計30人の女子プロ1期生に選ばれると、巧打の内野手として9年にわたり活躍した。12年から4大会連続で出場したワールドカップ(W杯)の経験は、かけがえのない財産だ。

二足のわらじ、プレーで模範示す

日の丸を背負って戦う緊張感はずっと思い焦がれていたものだった。多くの初出場組を引っ張る立場で臨んだ昨年W杯は、4番打者で21打数10安打。台湾との決勝戦で先制打を放つなど日本の6連覇に貢献し「うれしいというより、責任を全うできてホッとした」。

大勝して当然だった過去の大会から一転、昨年W杯では1点差の競り勝ちも2度。台湾、キューバなどの台頭を肌身で感じた。日本のトップ級でも直球は最速120キロ台だが「女子でも140キロを投げる投手が出てくるかもしれない」。ライバルの身体能力の高さに危機感を強くした。

今春、女子プロ野球からエイジェック女子硬式野球部の選手兼ヘッドコーチへ転じた。西武の打撃コーチなどを務めたGMの宮地克彦は「選手としてもまだ成長できる。女子のトップレベルを知らしめる大目標になってほしい」。アマチュア選手にプレーで範を示しながら、王国ニッポンを支える若手の育成が新たな夢となった。「選手に多くのヒントを与えられる自立した指導者になりたい」。二足のわらじを履いての挑戦がスタートした。=敬称略

(常広文太)

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