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スポーツは個性の解放なのに… 日本の部活なぜ村社会

ドーム社長 安田秀一

米国の学生は複数のスポーツを掛け持ちするという(2019年3月、NCAAバスケットボール)=USA TODAY

米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店、ドームで社長を務める安田秀一氏の連載コラム。今回は日本ではスポーツをする時と日常を過ごす時のファッションが異なるという調査結果から、運動部内だけで小さな世界をつくる日本独自のカルチャーに発想を広げます。米国の大学スポーツやビジネスに詳しい同氏によると、米国では運動部ごとの分断や対立はなく、選手それぞれが個性を発揮しています。

◇   ◇   ◇

もともと海外出張が多く、最近ではネットフリックスなどでより幅広い情報に触れることができ、海外の生活習慣やそれらが織りなす「地域の文化」に関して、改めて色々な気づきが芽生えています。また、そんな気づきをマーケットリサーチなどを通じて、データとして客観的に捉える活動も行っています。必然や好奇心から入った「文化人類学」みたいな世界と、ビジネスをくっつけていく作業です。

例えば、スポーツで汗を流す時とリラックスして日常を過ごす時の「身に着けるウエア」についてです。欧米、あるいは中国などでも同じリサーチ結果なのですが、彼らはジョギングやトレーニングをする時も、街を歩き回ったり、遊びに出かけたりする時も、同じようにスポーツウエアを着る人々が多くいます。一方、日本はスポーツをする時と、日常的に身につけるブランドやウエアに、明確な区別をつける傾向にあります。欧米では昔からスニーカーで出勤したり、女性であれば普段着としてレギンスを着用したりしますが、日本はきっちりとその場面によって着用するものが違う、というリサーチ結果です。いったいなぜでしょうか。

僕は自分の高校時代を思い出しました。僕はアメリカンフットボール部で、棚で仕切られた隣の部室はサッカー部でした。仲が悪いというか、互いに張り合って相手を見下す要素を探しあう関係でした。野球部やラグビー部との関係も似たようなもの、つまり自分の部活以外はみんな静かなる敵、そんな雰囲気でした。同じ運動部内でもそんな状態ですから、文化系の部活との分断具合はもう絶望的です。

みなさんも似たような経験を持っているのではないでしょうか。日本では学生の課外活動においても、自分たちの小さな世界(村)にこもって、自分の村の優位性を勝手にこしらえ、お互いを静かに見下し合うカルチャーが存在するように思います。スポーツをやらない人を静かに見下し、スポーツばかりやっている人を静かに見下す。リサーチの結果と自分の経験から、スポーツと生活が分断されているのは、この村社会文化が原因のように思えました。

米国では互いをリスペクトする

米国の学生スポーツではアメフトやバスケットボール、野球、陸上などシーズンが決まっていて、1年を通じて1人が複数のスポーツをするのが普通です。アメフトと野球、などと掛け持ちでやっているから、競技ごとに「村」が出来るわけがないのです。

それだけでなく、前回(「日本の大学運動部は男性ばかり? 女性の成長機会奪う」)紹介したタイトルナインという法律もあり、学生スポーツには女子も大勢参画します。運動部の試合はマーチングバンドの彼らにとっても試合であって、運動部と文化部が一緒に活動する機会が多くあります。運動部と文化部を掛け持ちする学生がいることも自然です。結果的に分断、対立するのではなく、野球もアメフトも陸上も、男子も女子も、スポーツも音楽もダンスも、互いを認め合ってリスペクトする関係が成立しています。

日本のスポーツでは、その競技だけに集中して「ほかのことは考えるな!」という指導方法が根強いです。女子選手が髪を染めたりすれば、それだけで「気が散っている」と怒られる。試合の時は大勢の観客に見られるわけだし、「きれいでいたい」とか、「かっこよくいたい」と思うのは当たり前の感情なのに「集中力に欠ける!」「だから勝てないんだ」となる。自分たちの村の価値観から外れることは一切排除しようとする力学があります。

米国のアスリートはまったく違います。特に女子選手が分かりやすいのですが、髪の毛を伸ばしたり、化粧をするのは当たり前。ハワイ大の女子バレーボールチームなんて、背が高くて、ファッショナブルな選手ばかりで、選手の入場などはまるでモデルさんのオーディションかと思うほどです。それぞれの価値観に従って、かっこよさや美しさを追求し、自分の個性を解放するというのが、彼らの基本的なスタイルになっています。

ただ、昔からそうだったのか、そもそもの文化だったのか、と言えばそうではありません。米国で今は当たり前になったタトゥーを入れたアスリートにも、以前は厳しい目が向けられていました。バスケットボールファンなら1990年代から2000年代にかけて米プロバスケットボール協会(NBA)で大活躍したスター、アレン・アイバーソン選手をご存じでしょう。

彼は体中のタトゥーや髪形をとうもろこしのように編み上げたコーンロウなど、斬新なファッションと過激な言動でも知られています。貧しい家庭で差別に苦しみながら育ちながらも、常に自分の可能性と個性を信じて、古い思考の世論と戦っていました。社会的な非難も浴び続けましたが、同時に、逆境に立ち向かう若者たちのオピニオンリーダーともいえる存在になりました。オフシーズンにはラッパーとして、音楽活動も行っていました。彼が戦い続けたおかげで、今ではプロや大学どころか、高校のバスケットやアメフトの選手でもタトゥーを入れた選手は珍しくありません。試合でも練習でも、音楽が流れないことの方が珍しいです。

葛藤が変化への力になる

人間の本能を体現するスポーツは、個性の解放、ダイバーシティー(多様性)を促進するための媒体になると僕は考えています。でも、日本でこのような動きはなかなか進みません。高校野球がいまだに丸刈りなのはその最たる事例です。高校野球の世界大会では、アメリカの高校球児は、ロン毛でタトゥー、ガムを噛みながら試合に望みます。それが他人に迷惑をかけることはありませんし、非行との関連性もありません。日本では、突出したものを否定する村社会のカルチャーがあって、個性を潰そうという力学が強く残っています。

米国は多人種、多宗教の国家であり、そこに葛藤があります。解決するために戦い、そのエネルギーが変化を生みます。日本は閉じた村社会におさまっていれば葛藤はなく、戦いも起きません。僕の学生時代、アメフト部とサッカー部ももっと堂々と切磋琢磨(せっさたくま)すればよかったし、サッカー部にキック力の強い選手がいればアメフト部の試合に出てもらえばよかったと思います。そうすれば互いの理解が生まれ、リスペクトする関係になれたかも、と今は思います。振り返れば、相手が失敗することばかり願う関係になってしまっていて、自分の器の小ささに愕然(がくぜん)とするばかりです。

そんな村社会の我が国で、2019年はラグビーのワールドカップ(W杯)、20年は東京五輪・パラリンピックと、グローバルなスポーツのビッグイベントが続きます。多様な価値観を持った個性豊かなアスリートたちの自由闊達な姿をわれわれが目の前で見ることができる。このインパクトは相当に大きいと思います。

東京五輪ではバスケットの八村塁選手(米ゴンザガ大)や陸上のサニブラウン・ハキーム選手(米フロリダ大)ら、国際結婚した両親から生まれた異なるルーツを持つ若者たちも大活躍するでしょう。彼らは規格外の実力を持っています。彼らのすごさは、しばしば異なる遺伝子による身体能力の高さによって単純に説明されますが、僕はそうした見方に賛成したくありません。確かに体の大きさはあるのでしょう。でもそれはあくまでも個性の一つであって「遺伝子が優位だから」で片付けて、彼らのこれまでの努力や意識の高さに目を向けないのはまるで合理性がありません。僕自身は、異なるルーツを持って生まれることの最大のアドバンテージは、体力的なものよりも、むしろ視野が広くて形にとらわれない発想力が自然に備わることだと考えています。

日本にしかルーツがなく、井の中の蛙(かわず)だった僕とは違い、八村選手らは小さい頃から、村社会よりも、世界の中で活躍する個性を意識して育ったと思います。日本では「周りと同じようにしなさい」という同調圧力が強いですが、彼らはもともと周囲と違うから、個性があるのは当たり前という前提に立てているわけです。日本を飛び出して海外の大学に進んだのも自然の流れのように思います。世界を基準に物事を考えられる。彼らはある意味で、ダイバーシティーが生み出すエネルギーを体現した存在だと思います。

彼らの両親たちのように国際結婚するカップルは増えました。日本の村社会、その閉鎖性は確実に開放へと向かっています。僕はラグビーW杯と五輪・パラリンピックの熱狂が、日本の社会が真のダイバーシティーの実現に向けて動き出す「テコ」になっていくと確信しています。

I think that Diversity is the American superpower. -Will Smith-

(ダイバーシティーこそが米国の強みだ。米俳優ウィル・スミス)

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。

(「SPORTSデモクラシー」は毎月掲載します)

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