遠藤ミチロウさん、うたを研ぎ続けたパンク詩人

文化往来
2019/5/11 6:00
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「バンドによる演奏がミサイル攻撃なら、1人で歌うのは市街戦のようなもの。効率は悪いかもしれないが殺した実感がある」。4月25日に亡くなった歌手の遠藤ミチロウさんはこう語ったことがある。弾き語りに軸足を置き始めた1990年代前半のことだ。聴衆に突き刺さるうたを研ぎ続けたパンク詩人ならではの表現だった。

「フェスティバルFUKUSHIMA! 納涼!盆踊り」で歌う遠藤ミチロウさん(福島市、2013年8月15日、野々村文宏氏撮影)

「フェスティバルFUKUSHIMA! 納涼!盆踊り」で歌う遠藤ミチロウさん(福島市、2013年8月15日、野々村文宏氏撮影)

82年にバンド「ザ・スターリン」のボーカルとしてメジャーデビューした。デビュー曲「ロマンチスト」では、あらゆるイデオロギーをなで切りにし、「吐き気がするほどロマンチックだぜ」とうそぶいた。左翼青年だった自身も含め、日本人の精神のありようを鋭く問い直す言葉の数々は、評論家の吉本隆明さんも高く評価していた。

東日本大震災以後は、ふるさと福島の復興にむけ、音楽フェスなどを開く。「戦後、僕たちが歩んできた道は本当にこれで良かったんだろうか」との思いに突き動かされていた。ライブの定番曲で、戦争を経験した親世代への鎮魂歌である「父よ、あなたは偉かった」での、振り絞るような「昭和は遠くになりにけり」という叫びは、「災後」さらに切実さを増した。

故人の遺志だったのだろうか。亡くなったことが公式発表されたのは、平成が終わってすぐだった。なんとも見事な幕引きだった。

(堤篤史)

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