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10年ぶり賞金王狙う石川 腰痛再発「自分との戦い」

編集委員 吉良幸雄

苦渋の決断だった。1960年に第1回大会が開催され、スポンサートーナメントとしては国内で最も歴史が古い男子ゴルフの中日クラウンズ(5月2~5日、名古屋GC和合)。伝統の大会の第2ラウンドのスタート前に、石川遼(27)が腰痛を理由に棄権した。プロ12年目で、日米両ツアーを通じて棄権するのは初めて。プロ113勝(ツアー94勝)で72歳の尾崎将司、アマチュアとして松山英樹に続くマスターズ出場、予選突破を果たした気鋭の20歳、金谷拓実(東北福祉大3年)と同組で、60回記念大会の「目玉」だっただけに、選手会長・石川も無念の思いが強かったはずだ。

打った瞬間に痛み、6年ぶりの80台

石川は国内開幕戦の東建ホームメイトカップ(4月18~21日、三重)も欠場していた。その前週に行われた千葉オープン(10~11日)で2年連続優勝したものの、同じ2日間競技で連覇のかかった岐阜オープン(13~14日)では予選落ち。練習ラウンドを雨で切り上げると翌日夜に腰にじわっと痛みを感じた。15日に東建での練習ラウンド前にコース近くの練習場で球を打ち始めたところ、再び痛みを覚えたという。

帰京してかかりつけの整骨医に治療してもらっても良くならず、病院で磁気共鳴画像装置(MRI)検査すると「ぎっくり腰に近い関節分離症と診断された」そうだ。東建出場を見送り、その後はケアと静養に努め、ボールを打ち始めたのは中日クラウンズ前の週末。"突貫工事"だったろうが、試合には間に合うと判断し出場に踏み切った。

中日クラウンズ第1日、16番でティーショットを放った後、顔をしかめる石川遼=共同

初日の1番では「朝から大丈夫。安堵してティーオフした」と石川。ところがティーショットは乱調で、8番では3番ウッドでティーショットを放つと「一瞬、足の位置から一歩も踏み出せなくて。打った瞬間に痛くなったのは初めて。腰が抜けるというか……」。腰をかばって歩く姿もおかしく、はた目には前半終了時点で棄権するほうがいいのではと思うほどの異変が生じていた。本人は「(試合中では)初めての経験だから、正直(どうしたらいいか)分からなかった」。

そのままプレーを続けたもののアウトが3オーバーの38、11番でダブルパーの「8」をたたいたインは8オーバーの43で、計81と6年ぶりの80台とスコアを崩した。一晩、様子を見たが腰痛は回復せず、コースに到着してから棄権を申し出た。「万が一にもプレーできるかもしれないので、最後まで決断はしないで、と思っていた。でも炎症が起きていたので、一日で収まるという望みは薄かった」。千葉オープンで重心を下に落として下半身をどっしり構え、壁をつくって膝が流れないようなスイングをテスト。そのぶん、膝から腰に負担がかかり腰痛につながったのでは、と本人は分析する。

ヘッドスピードに体がついていかない

石川にとって、腰痛は初めてのことではない。2012年1月の米ツアー転戦中から「起床時に腰に違和感がある」と口にしていた。13年から米ツアーを主戦場にしたが、年明けにはMRI検査を行っている。当時は「異常はなく安心した」と話していたが今回、「左股関節が疲労骨折していた」と明かした。16年にも数カ月、米ツアーから戦線離脱しており、腰痛は今回で3度目になる。「ヘッドスピードに対して体がついていかない。ヘッドスピードと体の細さが合っていない。自分に合った筋肉のつけかたをしないといけない」

石川は「筋力をつけていくことでしか、腰痛の予防はできない」と話す=共同

クラブを振り切る豪快なドライバーショットが石川の魅力の一つ。ただプロ転向当初から、思い切り体をしならせるスイングは腰に負担がかかり将来、腰痛を発症する恐れがあると指摘するベテランプロの声を聞くことが度々あった。今回、石川は「筋力をつけていくことでしか、腰痛の予防はできない。筋肉が足りない。正しいところに筋肉をつければ効果がある」。背筋、腰回りなどを筋力トレーニングで鍛えることの必要性を痛感したという。「今までは肩の関節の柔らかさだけで、腕だけ動いていた。胴体からちゃんと回していかないと」

国内初戦を前に「今年は日本で一番、賞金王になるのが目標。それが第一歩で世界一の人たちにどんどん挑んでいきたい」と話していた。07年に15歳でアマチュアとして史上最年少でツアー制覇。賞金王に輝いた09年末には世界ランクを30位に上げた。中日クラウンズでは10年最終日に「58」の快記録をマークし逆転優勝している。「平成のときの世界ランクを含め、自分が残してきたものを令和の時代で塗り替えていきたい。自分との戦い」

だが10年ぶり2度目の賞金王を狙う石川に思わぬアクシデント。今週9日開幕のダイヤモンドカップ(千葉)や関西オープン(23日から、奈良)、ミズノオープン(30日から、茨城)の出場も危ぶまれる。「平成のスーパースター」石川には腰痛との闘いも加わり、令和元年は波乱の幕開けとなった。ただ復帰を焦らず、再発しないようしっかり腰痛を治してツアーに戻ってきてもらいたい。

令和最初の大会覇者は「昭和の男」

人気者が途中退場した令和最初のトーナメントは、「昭和の男」宮本勝昌(46)が制した。18番で長いバーディーパットをねじ込み、劇的な幕切れ。2位発進から、ただ一人4日間アンダーパーを重ね通算9アンダーで逆転優勝。国内メジャー5勝で、12勝のうち逆転勝ちは7度目と、勝負強い「逆転の宮本」の本領を発揮した。昨季は00年から18年連続で維持してきた賞金シードを喪失。17年のダンロップ・スリクソン福島オープン優勝で得た2年シードでツアーに出ているが、3戦目にして毎年目標にしている日本シリーズJT杯の切符をつかんだ。

「逆転の宮本」の本領を発揮し、中日クラウンズを制した宮本勝昌=共同

過去21回の出場でトップ10入りはわずか1回の苦手コースでの初勝利は、安定したショットはもちろん、ウイニングパットが象徴するように好調なパットが原動力だった。昨年はパットに悩み続け、師匠の芹沢信雄に「(しびれて)ブルッとくる」とこぼしていたそうだが、東建の最終日から、左腕を中尺パターのシャフトにほぼくっつけて握る「アームロック風」に変えたところ、見事はまったらしい。

アームロック式パットは、世界ランク8位のブライソン・デシャンボー、同13位のマット・クーチャー(いずれも米国)ら米ツアーの強豪が昨年から採用。石川も「左腕とシャフトの一体感を意識しやすい」と千葉オープンから新スタイルで臨んでいる。宮本の復活Vを見て今後、日本ツアーでも流行するかもしれない。

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