2019年6月17日(月)

「令和になっても忘れず」 朝日新聞襲撃から32年

関西
2019/5/3 15:12
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朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)で記者2人が散弾銃で殺傷された事件から32年となった3日、支局に拝礼所が設けられ、亡くなった小尻知博記者(当時29)を多くの人が悼んだ。

 朝日新聞阪神支局の拝礼所に置かれた小尻知博記者の遺影(3日午前、兵庫県西宮市)=共同

拝礼所の祭壇には、事件の約1週間前に支局で撮った小尻記者の遺影が飾られた。訪れた人は白い花を手向け、目を閉じて手を合わせた。支局には社員証や取材ノートなど遺品が展示された資料室もあり、大勢が熱心に見入った。

西宮市の行政書士、阿波角孝治さん(81)は「事件は報道の自由と国民の知る権利に対する攻撃だ。平成から令和になったが、何年たっても忘れてはいけない」と訴えた。

小尻記者の初任地の岩手県で取材を受けたことがある千葉市の高校教諭沼山尚一郎さん(55)は追悼に訪れた。「大学生だった私は、小尻さんから教育に対する考え方や人生の歩み方を教わった。事件と彼の生きざまを生徒たちに伝えていきたい」と決意を新たにした。

事件発生の午後8時15分には、支局で朝日新聞社の渡辺雅隆社長ら約100人が黙とうした。

この日は、事件現場に居合わせた高山顕治記者(57)や朝日新聞社幹部らが広島県呉市にある小尻記者の墓を参った。高山記者は「記事を書くことや人の話を聞くのが好きで、正義感の強い人だった。いまだに悔しさ、悲しさがよみがえる」と語った。

事件は憲法記念日の1987年5月3日夜に発生。目出し帽の男が押し入り、銃撃された小尻記者が死亡、同僚の犬飼兵衛さんが重傷を負った。「赤報隊」の名前で犯行声明が報道機関に届き、2002年に未解決のまま公訴時効が成立した。犬飼さんは昨年1月、73歳で死去した。〔共同〕

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