関西発の劇 才能発掘25年 OMS戯曲賞に新選考委員(もっと関西)
カルチャー

2019/4/26 11:30
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関西の若手・中堅劇作家を全国区へ押し上げてきたOMS戯曲賞が25回を数えた。今年度の26回から、5人の選考委員のうち土田英生、樋口ミユ、佃典彦の3人が新たに就任。関西の演劇界に逆風が吹くなか、新たな才能に光を当てる役割がこれまで以上に注目される。

第25回OMS戯曲賞の大賞を受賞したくるみざわしん「同郷同年」(演出・宮田慶子、2017年9月、東京の恵比寿・エコー劇場)=引地 信彦撮影

第25回OMS戯曲賞の大賞を受賞したくるみざわしん「同郷同年」(演出・宮田慶子、2017年9月、東京の恵比寿・エコー劇場)=引地 信彦撮影

大阪ガスが主催するOMS戯曲賞は1994年に始まった。第1回は松田正隆が「坂の上の家」、第2回は鈴江俊郎が「ともだちが来た」で大賞に。2人は96年に「演劇界の芥川賞」と言われる岸田國士戯曲賞を別の作品で受賞し、新たな才能の登竜門として大きな注目が集まった。岸田賞が地方発の戯曲を積極的に評価する転機にもなった。

■大阪ガスが主催

賞の対象は関西を中心に活動するか、関西在住の劇作家に限定される。しかし松田、鈴江の後も、内藤裕敬(「夏休み」で第3回大賞)、岩崎正裕(「ここからは遠い国」で第4回大賞)と新たな才能が次々と登場。地方の戯曲賞としては異例と言える実績を積み上げた。演劇を主な事業としない企業が主催する戯曲賞がこれほど存続するのも珍しい。

新選考委員のうち、佃は名古屋を拠点とする劇作家。「地域の作家に対象を絞って有力な作家を25年生みだし続けてきたのは単純にすごいこと。(賞の対象にならない関西外の作家としては)うらやましかった」と振り返る。

樋口は第7回に「深流波―シンリュウハ―」で、第8回に「ひとよ一夜に18片」で、2年連続で大賞を受賞した(受賞時は樋口美友喜)。「地域に根ざして演劇界を活性化し、ほかの地域にも知らしめる。これだけの規模でやり続けてきた演劇の賞は全国でほかにないはずだ」と話す。

大阪や京都では2000年代以降、OMS戯曲賞の母体となった扇町ミュージアムスクエア(OMS)をはじめ、相次ぎ劇場が閉館した。演劇人たちの交流と創造の場が失われていった。そんな時期でも「OMS戯曲賞が求心力となって、その役割を担った」と、第6回に「その鉄塔に男たちはいるという」で大賞を受けた土田は強調する。

■危機感持ち変化

現在、「関西の演劇は冬の時代」という言葉すら聞かれる。OMS戯曲賞の注目度も低下したことは事実。土田も「かつては東京の演劇人も必ず受賞者を知っていて、演劇界では全国的なトピックだったが、当時のような波及力がなくなった」と認める。

だが、こうした時期だからこそ次代の作家をすくいあげ、関西の演劇活動を下支えする役割の重要性は増す。「正直、演劇を続けるか迷っていたところもあった」。「あ、カッコンの竹」で18年度、第25回の佳作に選ばれた劇団コトリ会議の山本正典は話す。地道に演劇を続ける作家・劇団をOMS戯曲賞が支えているのは間違いない。

世話人としてOMS戯曲賞の立ち上げから関わり、選考会の司会なども務めてきた編集者の小堀純は「関西の演劇を活性化させるため、常に賞自体が変わり続けようとしてきた25年だった。世代をまたいだ演劇人の交流が薄れている今、戯曲賞にとって新しい刺激や変化が必要かもしれない」とみる。選考委員の過半が交代したことも、こうした試行錯誤の一つと言えるだろう。

これまでも選考委員による公開選評会を開くなど、独自の取り組みを積極的に実施してきた。幅広い分野から次世代の作家を掘り起こすため、候補作品を選ぶ下読みを劇作家や演出家に任せず「漫画など他ジャンルにも精通した読み手を起用するなど、今までになかったものを評価することを重視してきた」とも小堀は言う。

厳しい状況は続きそうだが、樋口は「どのジャンルでも過渡期、変化の時期には必ず次世代を担う未知のものが水面下で準備されているものだ。今なら、これまで価値判断ができなかったような全く新しい戯曲が読めるのではないか」と期待を込める。新たな3人が選考に加わる第26回の最終選考会は今年末に開かれる予定だ。

(大阪・文化担当 佐藤洋輔)

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