2019年9月17日(火)

明治の観覧車は全部国産?

文化往来
2019/5/17 6:00
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国産と判明した観覧車の絵はがき(1907年の東京勧業博覧会)

国産と判明した観覧車の絵はがき(1907年の東京勧業博覧会)

明治期に国内各地に登場した観覧車。博覧会や遊園地の研究者の間では全てが輸入品と考えられていたが、観覧車研究家、福井優子氏の手で定説が覆りつつある。

1906(明治39年)年から11(同44年)年までに設置された観覧車は5基あるが、最初に国産と判明したのが10年に福岡市で開かれた、産業を紹介する「共進会」で設置されたものだ。

福井氏が図書館でコピーした共進会の絵はがきの観覧車の支柱に、小さな文字が描かれているのに気づいたのが発端だった。自身のブログにそのことを書いたところ、絵はがきの現物を所有するコレクターからの連絡で「若松徳永鉄工所製造」とわかった。

続いて福井氏が東京・上野の勧業博覧会で設置された観覧車について調べていた折、07年7月の「東京日日新聞」に「観覧車営業人と其(その)製造人たる石川島造船所との間に起(おこ)りたる訴訟」というベタ記事が見つかった。

観覧車の製造には強度計算や動力との接続など、高い技術が求められる。富国強兵を推進した明治末には造船、鉄工などの技術がそこに転用できる水準にあったことを示している。この5基には人が乗るカゴに椅子がないという共通点があり、福井氏は「全部国産だった可能性が高い」と見ている。

(野瀬泰申)

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