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マラソン小出さん死去 「女子の時代」予見した名伯楽

2019/4/24 16:51
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「高橋フィニッシュ、金メダル」。この実況とともに高橋尚子さんがゴールした2000年9月24日、シドニー五輪女子マラソン。その瞬間、「やったあ」と叫んだ小出義雄さんは満員の五輪スタジアム場内の通路を全力で駆けだした。

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シドニー五輪女子マラソンで高橋尚子が優勝し、高橋選手(左)の腕を掲げる小出義雄監督(2000年9月24日)=鈴木健撮影

シドニー五輪女子マラソンで高橋尚子が優勝し、高橋選手(左)の腕を掲げる小出義雄監督(2000年9月24日)=鈴木健撮影

ウイニングランで場内を回る高橋さんに声をかけようと追いかけるが、追いつかない。師弟が結局顔を合わせるまで丸々一周しなくてはならなかった。いつものように少し酒も入っていた61歳(当時)にこんな脚力が残っていたのか。息を切らしながら背中を追った。

千葉の農家に生まれた。農業高校を出たが、陸上競技への思いを断ち切れず、22歳で順大に進んで箱根駅伝を走った。卒業後、地元の公立高校で教師となった時から「スポーツに女性の時代が来る」と確信、1984年ロサンゼルス五輪で女子マラソンが採用される前から女子高生に積極的に長距離を走らせた。有名無名あまたの選手の成功と失敗の戦歴がのちの硬軟自在、選手の多彩な個性に合わせた指導の裏付けとなった。

92年バルセロナで銀メダル、96年アトランタ五輪でも銅メダルを獲得した有森裕子さん、シドニーで金の高橋さんと、指導者として3個の五輪メダルを獲得したが、小出さんが金メダル第1号を見込んでいたのは別の人だった。97年アテネ世界選手権優勝の鈴木(現姓伊東)博美さんがその人。卓越した才能を見込んだ指導者の期待に対し、そのころ鈴木さんの気持ちはマラソンへと向かわなかった。

1992年8月、バルセロナ五輪女子マラソンで銀メダルを獲得し、記者会見する有森裕子選手(右)と小出義雄さん=共同

1992年8月、バルセロナ五輪女子マラソンで銀メダルを獲得し、記者会見する有森裕子選手(右)と小出義雄さん=共同

すぐれた才能との出会いにとどまらず、選手の情熱との波長がぴたりと合ったシドニーの金メダルは、褒めて育てる「待ち」の指導者としての最高傑作といえるだろう。翌01年には高橋さんと世界で初めて女子マラソン2時間20分の壁を突破する快挙をなし遂げた。

ひげを蓄えた人懐っこい風貌でほろ酔いになっては「いつでもメダルが取れる」と豪語した。ただ、高橋さんが目指した五輪2連覇は果たせず、代わって金メダルで続いた04年アテネ五輪の野口みずきさんを最後に日本女子マラソンは五輪メダルから遠のいている。

高橋さんと生死をかけて挑んだ、米コロラド州での超高地トレーニングも半ば伝説になった。走る肉体的素質では太刀打ちできないアフリカ勢と対峙するには猛練習しかなく、選手の日々の顔色、性格すべてを把握した上で絶妙のさじ加減を施す小出流。このまま昭和、平成の前時代的な栄光として奉るだけで終わらせてしまってはさびしい。

(編集委員 串田孝義)

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