Amazonプライム年会費上げ、退会は増える?
グロービス経営大学院・嶋田毅教授が読み解く

2019/4/26 6:30
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アマゾンジャパンが有料会員「プライム」の料金を引き上げたという記事を、ビジネススクールで学ぶフレームワークを用いて読み解きます。グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「プライシング戦略」の観点から解説します(もっと学びたい方はこちら)

【関連記事】Amazon Prime年会費1000円引き上げ、4900円に

経済学やマーケティングのプライシング戦略(価格戦略)を考える上で大切な概念に価格弾力性があります。これは以下の式で表わされる値で、この数字が大きくなるほど需要量が価格変化に敏感(弾力的)、小さくなるほど価格変化に鈍感(非弾力的)ということを示します。「需要の価格弾力性」と呼ぶ場合もあります。

価格弾力性 = -(需要の変化率 ÷ 価格の変化率)

たとえば、あるお菓子の価格をそれまでの100円から110円に値上げしたところ、需要が8割に減ったとしたら、このお菓子の100円近辺での価格弾力性は、

価格弾力性 = -{-0.2 ÷ (10÷100)} = 2.0

となります。つまりこのお菓子は100円程度の価格近辺において価格弾力的ということです。

需要は価格変化に敏感か

価格弾力性の高いものとして経済学の教科書で挙げられるのは、宝石などの贅沢品や、他に良い代替材のあるものです。たとえば個人向けのヨーロッパ旅行の価格が倍になったとしたら、生活に必要というわけではありませんから、需要は半分以下に落ち込む可能性は高いでしょう。旅先をヨーロッパに限定しない人も多そうですから、「じゃあアジアやオセアニアに行こう」と考える人が増えることも需要減の要因となります。

それに対し、生活必需品や他に良い代替材がないものは一般に価格弾力性が低いとされます。たとえば都心部の電車の運賃が10%値上げしたからといって、それを使わずに済まそうと考える人は少ないでしょう。特に通勤や通学で使う人間はそうです。つまり、電車の需要は比較的価格弾力性が低いわけです。

では今回のAmazonプライムの値上げはどうでしょうか?年会費が3900円から4900円へと1000円、%表示にすると25.6%の値上げです。ゆえに、現在の需要量の75%をキープできれば、今回の値上げに関しては、需要は非弾力的だったと言えそうです。

記事中、「顧客が大量に離れることはないと判断したもようだ」とありますが、個人的な予想も、そうした結果になる可能性は極めて高いと思います。おそらく、9割以上のユーザーはそのままAmazonプライムを継続して使うのではないでしょうか。その理由としては以下のようなものがあります。

・Amazonプライムのメインユーザーと思われるヘビーユーザー層にとって、このサービスはなくてはならないものとなっている。また、送料無料や指定された電子書籍の読み放題、プライム・ビデオ見放題などの便益などを考えれば、4900円になっても十分にお釣りが来る
・今後も値上げに見合う便益を提供してくれるだろうという期待が持てる
・過去の先進国の値上げでは会員数を大きくは減じなかった。日本はいまだに米国の半額以下であり、そこまで価格にシビアとは考えにくい
・ここまで多様なサービスがパッケージ化された良い代替材がない

実は先には述べませんでしたが、需要の価格弾力性が低い商材の条件として「顧客が十分に満足している」という要素もあります。アマゾンプライムは十分にその域に達しているというのが筆者の見立てです。

アマゾンのプライム会員は1年前に全世界で1億人を突破したと報道されました。日本での会員数は公表されていませんが、日本の売上比率などから想定して仮に600万人程度だとすると、1000円の値上げでほとんど退会者がいなければ、この値上げでアマゾンは日本で年間60億円ほどの売り上げ増になります。さらに、もしEコマースの配送数があまり変わらなかったとすれば、もともとプライム・ビデオ見放題や電子書籍読み放題はユーザー1人当たりの限界費用がゼロのビジネスですから、売り上げ増のかなりの部分が利益増につながることになります。その利益は後述するように、さらなる投資に回されると予想されます。

さて、ここまでの考察を読むと、むしろなぜアマゾンがAmazonプライムを3900円という安価に据え置いていたのかという疑問が湧く方もいるかもしれませんが、それは顧客生涯価値(LTV:Lifetime Value)の考え方で説明できます。顧客生涯価値は図2の式で表わせます(話を単純化するために、ここではファイナンス的な割引率は捨象します)。ポイントは、1人当たりのLTVの総額である事業価値を高めるためには、

・人数
・1人当たり年会費
・1人当たり購買回数
・1人当たり購買単価
・1人当たり費用
・1人当たり継続期間
・1人当たり顧客獲得コスト
といった複数の変数があることです。

まずは成長を追う

通常、日本企業は地道にどの変数も少しずつ良くすることで単年度利益を出しつつ成長しようとします。たとえば、少しずつ顧客数を増やす、購買単価を増やす、費用を減らす、継続期間を高める、などです。もちろんこのアプローチが悪いというわけではないのですが、アマゾンは全く別の発想をします。それは、

・安い年会費は初期投資と割り切って一気にユーザーを囲い込む
・一方で、徹底的に投資をし、利便性を追求して顧客の満足度を高め(ここでビッグデータも活用します)、「顧客にとってなくてはならない状態」にしてしまう
・満足したユーザーは何かしらアマゾンのサービスを利用する。継続期間も長くなる(その結果、ますますビッグデータが集まり、パーソナライズされたサービスを提供しやすくなる)
・結局はほとんどの顧客のLTVはプラスとなり、その総和も最大化される(実際に、LTVは顧客満足度と正の相関があることが示唆されている)

という狙いからです。

アメリカの巨大IT企業は多かれ少なかれこのような発想をしますが、アマゾンはその中でも飛びぬけて先行投資をする企業です。目先の利益を追うのではなく、まずは成長を追い、将来の利益回収の土台を作るのです。

筆者がかつて個人的にアマゾンのサービスで驚いたのは、書籍を検索すると、Amazonマーケットプレイスで中古の書籍も同時に表示をするようになったときです。通常、新刊を売るリアルの書店は、新刊しか扱いません。それに対しアマゾンは、たとえば2000円の新刊を売る一方で、同時に1円の中古書も同じページに表示してきます。短期的に損をする可能性はあっても、顧客の利便性を優先させているのです。そのサービスを見たときには「アマゾンは発想が違う」と感心した記憶があります。

ちなみに、今回はBtoCのビジネスにのみフォーカスしましたが、アマゾンにはマーケットプレイスの事業者向けの金融機関という側面や、企業の広告代理店という側面もあります。アマゾンのユーザーがどんどん増え、彼らの利用頻度が増えることは、こうしたBtoBの企業顧客をも取り込み(これをツー・サイド・プラットフォームと言います)、巨大な「アマゾン生態系」を作ることにもつながるのです。

あらゆる企業にまねできるわけではありませんが、まずは顧客基盤と顧客満足の仕組みに投資し、様子を見ながらおって回収していくという発想法は、特に先行投資になれていないサービス業界の企業などにとって学ぶべき点が多いと言えそうです。

価格弾力性についてもっと知りたい方はこちらhttps://hodai.globis.co.jp/courses/6767730b(「グロービス学び放題」のサイトに遷移します)

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

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