2019年5月21日(火)

ママは「5時まで編集長」 VERYの問いかけ
働くママ3.0(1)

働くママ3.0
2019/4/21 2:00 (2019/4/22 2:00更新)
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働くママが進化している。仕事といえばパートを意味した1.0。家事に追われ、キャリアとの間で揺れた2.0。今どきは、キャリアを決してあきらめず、丁寧な暮らしも大切にする3.0世代。夜型の仕事はできない。家事も完璧にしなければ。オシャレは卒業する。そんな「ママ像」を塗り替えた、彼女たちのストーリー。

【次回記事】女心に刺さるカリスマ 笑顔と度胸とド根性

■「きちんと家のことをやるなら、働いてもいいよ」

長時間労働。夜型の勤務体系。社交も業務。男性社会的な働き方の象徴、雑誌編集の現場を率いるママがいる。女性誌VERY(光文社)初の女性編集長、今尾朝子(47)だ。

出版不況で多くの雑誌が廃刊する中、主婦向け女性誌ではトップクラスの発行部数24万部(2018年10~12月、一般社団法人日本雑誌協会調べ)を誇る。

4年前、10カ月の産休・育休から戻った時は部で唯一のママ社員だった。「編集長の業務」とされる夜の会食やパーティーの大半を断り、定時の午後5時半に退社する生活に切り替えた。

かつての専業主婦から働くママにターゲットを広げたVERY

かつての専業主婦から働くママにターゲットを広げたVERY

19年1月号の特集が反響を呼んだ。タイトルは「『きちんと家のことをやるなら、働いてもいいよ』と将来息子がパートナーに言わないために今からできること」。エッセイストの紫原明子がツイッターで取り上げると、2日間で1万リツイート。ウェブ記事へのアクセスは通常より2割増えた。

「君が働かなくても、僕の給料だけでやっていけるのに」「え、買ってきたの?今日、ご飯作れなかったの?」。誌面にはママたちの神経を逆なでする「あるあるフレーズ」が踊った。

男女共同参画が叫ばれる中、夫の前時代的な意識や、社会に期待される妻の役割など、女性が日ごろ抱える葛藤。「働くママだけでなく、専業主婦や子供を持たない女性からも大きな共感を得た」。今尾は胸を張る。

編集長自ら取材に出る徹底した現場主義で読者の声から誌面を作り上げていく

編集長自ら取材に出る徹底した現場主義で読者の声から誌面を作り上げていく

■「女性を分かったつもりになるなよ」

フリーライターから中途採用された今尾は07年、35歳で女性初の編集長に抜てきされた。「スカートをはいているからといって女性のことを分かったつもりになるなよ」。就任直後、男性の先輩編集者からクギを刺された。「独りよがりな思い込みをせず、具体的な読者と向き合え」との助言と受け止めた。

1995年創刊のVERY。「シロガネーゼ」などの流行語を生んだように、かつての読者層は「裕福な専業主婦の奥様」。今尾は編集長に就任すると方針転換。「かっこいいママ」「働くママ」をターゲットにする。

編集長就任第1号の特集タイトルは「『カッコイイお母さん』は止まらない」。雑誌のコンセプトコピーも変えた。「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」。ここで言う基盤とは家族。家庭に「入った」ではなく、家庭を「築いた」からこそ、自分の意志で人生を切り開く女性の強さを表したかった。

■スーパーウーマンにはなれない

雑誌への愛は誰にも負けない。24時間、寝ても覚めても雑誌のことばかり考えていた(右が今尾)

雑誌への愛は誰にも負けない。24時間、寝ても覚めても雑誌のことばかり考えていた(右が今尾)

起きている時間は常に雑誌のことを考えていた出産前に比べ、会社にいる時間は半減し「椅子に座る時間もない」。自宅に持ち帰っても時間が足りず、断念する仕事は多いが「家では子供が最優先。普通の生活を大切にしたい」。気負いのない本音が読者の共感を呼ぶ。

女性誌の敏腕編集長というと、強気で自信家のイメージが浮かぶが、今尾の自己評価は「子供の頃から本当に普通」。勉強でも部活動でも特別目立ったことはない。新卒で入った会社は3カ月で辞めてしまった。それだけに「すべてを器用に完璧にこなせるスーパーウーマンになれない。自分のような普通の女性は多いはず」と強く思う。

「皆が皆、スーパーウーマンにはなれない」

「皆が皆、スーパーウーマンにはなれない」

「雑誌に出てくるママたちは、キラキラしすぎて見るのがつらい」という声は多い。今尾自身、家事代行やベビーシッターを活用すれば多くの悩みが解決することも分かっているが「誰もが軽やかにしなやかに生き方や考え方を変えられない」。理想と現実のギャップ。先入観や価値観の揺らぎ。「女性の生き方は決して一様ではない。だからこそ、女性同士が共感し、協力し合える場でVERYはありたい」

■「食卓、このままでいいのか」

職場に向かう働くママの後ろ髪を引いてきたのが、家庭の食卓に対する責任感だ。共働き世帯が多数派となり、子供の送迎など家事育児に参加する男性は増えてきたが、食事に関しては「女性の役割」の意識が根強い。そんな状況に「食卓の問題を母親だけが悩む現状を打破したい」と立ち上がったママがいる。

調理師や栄養士による料理の作り置きサービスを展開するシェアダイン(東京・渋谷)。創業者の1人で社長の飯田陽狩(36)はボストン コンサルティング グループの元アナリスト。ビジネスの原点は「忙しさを理由に家庭の食卓を犠牲にしていた。このままでいいのか」というジレンマだ。

「仕事=自分」と言い切るほど仕事にのめり込んでいたボストンコンサルティング時代(右から2人目が飯田)

「仕事=自分」と言い切るほど仕事にのめり込んでいたボストンコンサルティング時代(右から2人目が飯田)

コンサル時代の飯田は「仕事=自分」。漠然と海外勤務への夢を抱きながら、結婚や出産を考えると、具体的なキャリアプランは描けなかった。会社の先輩ママは、実家や夫の協力など「全部の条件がそろった人だけが上り詰めているように見えた」。

31歳で海外オフィス移籍の話が舞い込んだ時に妊娠が分かった。「うれしさと同時に『どうしよう』という気持ちが沸いた」。キャリア断絶の焦りもあり、産後5カ月で復帰したが、体調を崩す日が続いた。「家庭のことはなるべく自分で」と思っていた飯田。やむを得ず利用した家事代行サービスが転機となった。

■ニンジンサラダで解けた呪縛

「働くママを支えるインフラになりたい」

「働くママを支えるインフラになりたい」

「産後の体調不良にいいんですよ」。産前産後ケアの資格を持つスタッフが好意で作ってくれたニンジンサラダ。自分なら捨てていたかもしれないニンジンの切れ端、オリーブオイル、お酢、はちみつ――。5分ほどの手料理の味が体と心に染み入った。誰かが自分を気遣い、作ってくれる喜び。張り詰めていた気持ちがほぐれた。「食の専門家の力で家庭の食卓を支えたい。困った時に頼れるかかりつけ医のような存在に」。起業を決意する。

周囲のママ友からは「口に入れる物は最後まで自分で頑張りたい」との声も聞こえてきた。「これだけ外食や市販の総菜が発達しているのに」。手作りにこだわる飯田の考えは「時代遅れ」と冷ややかな目で見られたが「女性が活躍するための社会インフラを作りたい」と突き進んだ。

作り置きサービスを使って「やっと求めていた生活が手に入った」と話す飯田(右)

作り置きサービスを使って「やっと求めていた生活が手に入った」と話す飯田(右)

「初めて平日に子供と遊んであげられた」「かえって週末の料理を楽しめるようになった」。利用者の働くママからはそんな声が寄せられる。現在3歳の息子を育てる飯田自身、月に3、4回、サービスを利用し「夕方5時から夜8時は家族の時間。一切スマホも見ない」と決めている。「子供に必要なのは短くてもしっかり向き合う時間」。今、家族との触れ合いが一番の栄養源だ。

■「母性神話」をぶっ壊せ

ママ向けの着やすい服はカジュアル過ぎて、スタイリッシュじゃない。着たいような服は、体形の変化や乳幼児との生活には向かない。「着る服がない」。米国から乳児連れで帰国した元ファッション編集者の落胆が、働くママのライフスタイルを広げる原動力になった。

ヴィリーナジャパン(東京・港)社長の青木愛(45)は機能性とファッション性を兼ね備えたマタニティー服を日本に普及させた立役者。旬のトレンドも押さえたうえで、ストレッチ素材で動きやすい。芸能人やモデルから圧倒的な支持を得ている。

パステルカラー、ひらひらレース、だぶついたシルエット。「従来のマタニティー服は母性神話の押し付けだった」とばっさり。

NYではキャリアを持ち経済力のあるパワーウーマンたちのライフスタイルに合わせ、新しいファッションが生まれていくのを間近に感じていた(右から2人目が青木)

NYではキャリアを持ち経済力のあるパワーウーマンたちのライフスタイルに合わせ、新しいファッションが生まれていくのを間近に感じていた(右から2人目が青木)

00年代初頭、青木はニューヨークでファッション編集者として働いていた。現地のママは洗練されたスーツに身を包みながら、ベビーカーを押して出勤。オフィスの一角にベビーベッド。同僚もそれを歓迎していた。

ところが生後3カ月の長男と帰国すると「着たいと思える服がなかった。ママはオシャレをするなという雰囲気だった」。ファッション編集者の自分にとって死活問題。同じような悩みを抱えるママの声に背中を押され、ニューヨークで買い付けたマタニティー服のネット通販を始めた。

カラフルなロングドレスや仕立ての良いパンツスーツ。「仕事に挑戦する気になる」「リゾートに持っていきたい」。ママたちが力強くなっていくのを感じた。

オフィスにベビーベッドを入れ、子供と一緒に出勤する(左が青木)

オフィスにベビーベッドを入れ、子供と一緒に出勤する(左が青木)

高級ホテルや旅行会社が打ち出すマタニティー向けのプランは、活動的に動けるようになった妊婦の存在があってこそ。ファッションから女性のライフスタイルを後押ししてきた自負がある。

中学生の長男をはじめとする4児の母。生後8カ月の娘と一緒にベビーベッド付きのオフィスに出勤する。「5分以上座っていることはない」が、夕方には帰宅する。

帰国して出版社に復帰した頃は、午後10時まで働き、毎晩、夫とどちらが子供を迎えにいくかのせめぎ合い。給料をはるかに超えるシッター代を払いながら、子供の寝顔しか見れなかった。編集の仕事を辞めたのは、そうした生活を一度リセットしたいとの思いもあった。

「生き方もファッションも、もっと自由でいいはず。人と違うということ、自分のポリシーにもっと自信を持っていい」。青木はママたちにエールを送る。

「ファッションは生き方を変える力がある」と話す青木

「ファッションは生き方を変える力がある」と話す青木

■#わたしを勝手に決めないで

働く女は、結局中身、オスである――。3月、女性誌Domani(小学館)が働くママ向けへの大幅リニューアルに合わせ、大々的に打った看板広告。編集長の井亀真紀は「母性神話に縛られず、自由に自分らしく生きる女性を応援したかった」と狙いを説明するが、「時代遅れ」「男性にも失礼」などインターネット上では否定的な声も目立った。「時短勤務を活用し、家庭を大切にする女性への敵意が透けて見えてしまった」。女性の人材コンサルティングを手掛ける川崎貴子は話す。

今年の国際女性デーで話題になったキャッチコピーは「#わたしを勝手に決めないで」。多様化する女性の在り方を社会が受け入れていこうというメッセージだ。限界を自分で決めず「こうあるべき」に縛られず。働くママは進化する。

=敬称略、つづく

(松原礼奈)

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