EU離脱派が最多の英ボストン 再延期に渦巻く不満

欧州連合(EU)は英国のEUからの離脱時期を10月末まで再延期することを決めた。ひとまず、英国がEUと何の取り決めも結ばないで離脱する「合意なき離脱」による混乱は回避した。ただ、英国内では延期への批判もある。2016年6月のEU離脱を決めた国民投票で離脱派の割合が英国内で最も多かった東部の都市、ボストンの人々は今、何を思うのか。離脱再延期が決まった直後の現地を訪れてみた。
ボストンはロンドンから北に150キロメートルほどの距離に位置する人口7万人弱の小さな町だ。町から海岸線は見えないが、海鳥が上空を旋回しており、海が近いことを感じさせる。川沿いに位置する聖ボトルフ教会が町の象徴だ。教会の前では青空市場が開かれ、多くの人々でにぎわう。
この町が注目されたのは16年の国民投票だ。EUからの離脱に賛成する住民の割合が75.6%と英国内で最も高かったためだ。今回、EUが再延期を決めてから初めての週末となった13日の土曜日に訪れた。
ボストン駅から歩いて10分ほど。教会前の市場に着くと、「彼女は嘘つき!」という女性の大きな声が聞こえた。見ると、高齢の男女4人が何やら熱心に議論している。近くに寄って耳を傾けると「メイ(首相)」「ヨーロッパ」「我々は出て行くべきだ」などの言葉が飛び交っている。興味を持って声をかけてみた。

英国人男性のブライアン・バードさん(64)と妻のリンさん(56)、女性の友人2人の4人組だった。ちょうどEUからの離脱について話し合っていたところだという。離脱の賛否を問うと、一斉に「即刻EUから出るべきだ、再延期は完全に間違っている!」との答えが返ってきた。理由を尋ねてみると「英国は欧州ではなく英国だ」、「EUに何もかも決められている」、「主権と尊厳がなくなった」。次から次へとEU加盟への不満が飛び出てくる。「移民が増えすぎだ」との意見もあった。
移民についての不満はこの町で多く聞いた。ボストンの人口は01年から11年までの10年で15%増えた。同期間の英国全体の人口の伸び率は約7%で、およそ2倍のペースだ。特に、04年以降に急速に増えている。この時期はちょうどEUの第5次拡大の時期と重なる。ポーランドなどの中・東欧諸国やリトアニアなどバルト3国が相次いでEUに加盟した時期だ。
町には「ヨーロピアン・スーパー」や「ブルガリア・スーパー」など、中・東欧の食品を多く扱うスーパーが目に付く。市場(いちば)では英語ではない言語が飛び交う。買い物客の4~5割が英語以外の言語を話している印象だ。
東欧やバルト海沿岸の食品を販売するスーパー「バルチック・フード」の女性従業員、ジョリナ・フィオルティさんに話を聞いた。04年にリトアニアから移住してきたという。親族の知り合いを頼ってきたようだ。この店では、リトアニアやポーランドなどから肉の加工品や飲料などを輸入し、販売している。多いときには1日に100人ほどが訪れるという。

英語でのコミュニケーションはかなり難しい。顧客のほとんどは東欧系だといい、フィオルティさんは「このお店では英語は必要ない。私は英語よりもロシア語が得意」だと話す。
近くにある、米送金サービス大手「ウェスタン・ユニオン」の店舗は、東欧系の人々であふれる。英国で稼いだお金を母国に送金しているようで、送金サービスの店舗はいずれも順番待ちの状態だった。
こうした現状に、地元住民の反発は強いようだ。男性会社員のナイスン・マーティンさん(37)は「言葉が全く通じず、車の事故などを起こしても、彼ら(移民たち)は保険にすら加入していない」と不満を漏らす。
保険を巡るトラブルは多いようで、町には「通訳付きの保険」を売りものにする代理店が数店あった。マーティンさんはこうした現状を変えたいと言い、「ハードブレグジット(合意なき離脱)も恐れず、EUを出るべきだ」と主張する。
ボストンで話を聞いた人々の中には、「移民がいなければ農作業の人手が足りない」、「EUから離脱すれば英国全体の経済が成り立たない」などEU離脱への慎重論もあったが少数で、今なお離脱派が多数を占めているのは間違いなさそうだ。離脱を求めるデモなど、目に見える形での政治運動は見られなかったが、離脱を再延期する決定に対する不満が蓄積していた。60代の男性は「16年のあの(国民)投票は何だったのか。EUへの残留などあり得ない」と強い不満を口にした。
一時的にEUからの離脱延期が決まったとはいえ、「合意なき離脱」のリスクにさらされた英国の立場に変化があるわけではなく、英国全体を見渡せばEUへの残留を求める意見も根強い。現状の行き詰まりを一気に打開する妙案はなく、先行きを見通せない状況に対し、ボストンの人々は不満を日に日に募らせることになりそうだ。
(英ボストンにて、押野真也)