2019年5月21日(火)

姫路城もっと生かす街に グローリー社長 三和元純さん(もっと関西)
私のかんさい

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2019/4/16 11:30
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■新札特需が注目される貨幣処理機大手グローリーは、兵庫県姫路市に本社を置く創業100年超の名門企業だ。1日に社長に就任した三和元純さん(64)は、出身地でもある姫路の魅力を高めるには、世界文化遺産の姫路城を生かした歴史情緒あるまちづくりが重要と説く。

みわ・もとずみ 1954年兵庫県姫路市生まれ。阪大経卒。太陽神戸銀行(現三井住友銀行)に入行。経済企画庁経済研究所への出向や米ニューヨーク駐在では経済の分析・調査を担当した。2009年にグローリー入社。副社長などを経て現職。

みわ・もとずみ 1954年兵庫県姫路市生まれ。阪大経卒。太陽神戸銀行(現三井住友銀行)に入行。経済企画庁経済研究所への出向や米ニューヨーク駐在では経済の分析・調査を担当した。2009年にグローリー入社。副社長などを経て現職。

姫路の市街地は今、大きく姿を変えつつある。姫路駅前は広場の整備など再開発が進んでいる。姫路城という観光資源のおかげで訪日観光客は多い。だが駅から少し離れた商店街を歩くとシャッターを下ろした店が目に付く。2018年に地元を代表する百貨店、ヤマトヤシキ姫路店が閉店したのは姫路の現在を映す象徴的な出来事だ。

観光客に何回も来てもらえるような魅力ある街づくりが必要だ。外国人にも入りやすい日本料理屋などお金を使いたくなる場所を姫路城の近くにちりばめ、観光客の動線を作るべきだ。

景観をよくする取り組みも欠かせない。町家が連なる街並みを残すため、新設する建物の1階部分は町家風にするのも一案だ。スイスやドイツの都市のようにコンパクトで歴史情緒ある街づくりを参考にしてはどうか。

■姫路市で生まれ育ち、大学進学をきっかけに大阪府に移り住んだ。

1966年、子供のころに姫路城の大改修を記念した姫路大博覧会が開かれた。姫路は勢いがあり、博覧会開催に合わせて市内にモノレールが開通した。当時は姫路はこれから発展すると思っていた。だが8年後にはモノレールの運行が休止し、今は橋脚など一部が残るだけだ。

高校卒業後は親元を離れたいと大阪大学経済学部に進学した。豊中キャンパス近くにある古い長屋の下宿に住んだ。最寄りの石橋駅から阪急電車によく乗っていた。途中で宝塚音楽学校の華やかな女学生が乗ってくる。車窓から見える北摂の街並みは緑豊かで洗練されていた。乗客が少なく「空気を運ぶ山電」と言われていた地元の山陽電車と雲泥の差。姫路はまだまだ田舎だと実感した。

■太陽神戸銀行(現三井住友銀行)に入行。2009年にグローリーに転職し、地元に帰ってきた。

銀行員時代、米ニューヨークに3年間駐在した

銀行員時代、米ニューヨークに3年間駐在した

銀行員時代、米国駐在を終えた後に人生観を変える出来事があった。1995年の阪神大震災だ。自宅があった兵庫県宝塚市から勤め先の神戸市まで、つぶれた民家を横目に自転車で走った。5時間かけて神戸にたどり着くと取引先の20階建てのビルの真ん中が2階分つぶれていた。昼間の地震なら営業であのビルに行って死んでいたかもしれない。生きるも死ぬも運。今やりたいことを精いっぱいやろうと心に誓った。

グローリーに転職したきっかけは当社で専務をしていた銀行時代の先輩の退任だ。後任候補として銀行の元関係会社で働いていた私の名前が挙がったようで、その会社の社長から「三和さん、転勤だ」と言われた。妙な巡り合わせから姫路に戻ることになった。

■播磨地域の発展には強みを持つ製造業を伸ばす基盤づくりがカギとみる。

姫路を中心とした播磨地域は鉄鋼メーカーなどものづくり企業が多い。IT(情報技術)人材は東京など大都市に集まる傾向があり、スタートアップ企業を誘致するのは難しいだろう。むしろ地元のものづくり企業が強みを生かし、産官学連携で新しい技術を生み出すことが発展への近道だ。

兵庫県南西部にある丘陵地帯を切り開いた播磨科学公園都市は最先端の研究施設が集まる。とは言え、無機質な印象を抱くような場所では優秀な人材を集めづらいだろう。日々を楽しく過ごせる施設が必要だ。

外国人と共生する仕組みを整える必要もある。当社の子会社はベトナム人など外国人の従業員なしでは立ちいかない。彼らが安心して生活できるような公的なサービスの整備が働き手の確保に不可欠だ。

(聞き手は大阪経済部 梅国典)

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