2019年5月23日(木)

対中ビジネスが問う米企業の正義(The Economist)

中国・台湾
北米
The Economist
2019/4/9 2:00
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子どもの頃「チャイニーズ・バーン」を誰かにされて痛い思いをした人なら、覚えているだろう。相手に両手で前腕をつかまれ右手と左手で逆方向にきつくひねられる仕打ちだ。今、中国でビジネスをしている米国人はその感覚がよくわかるはずだ。

超大国の米中が戦略的な対立を強めるにつれ、米国の企業と投資家には2方向から圧力がかかっている。一つは、安全保障と人権の観点から中国で事業を展開する米企業に対し、その事業内容に以前より厳しい目を向けるようになった米政府だ。もう一つは、外国企業にも自国のルールを受け入れさせようとする中国共産党政権である。最悪の場合、米企業は警察国家色を強める中国政府や中国軍に加担することを余儀なくされる可能性がある。このことが米企業を倫理上、極めて厳しい立場に追い込んでいる。

こうした苦境は前例がない。冷戦時代は、ソ連経済が海外企業を歓迎もせず閉鎖的だったため、米企業が米ソ対立に煩わされることはほぼなかった。対照的に中国は、米国の最大の貿易相手だ。1990年以降、米国は中国に2500億ドル(約28兆円)以上を投資してきた。米大手指数会社のMSCIの世界株式指数などに占める中国本土株の組み入れ比率は拡大傾向にある。トランプ米大統領と中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席の貿易交渉の結果がどうなろうと、両国の緊張の高まりに伴い、国家安全保障に関する警戒感が強まっていることから、通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)といった中国企業は事業展開が難しくなっている。そして、米企業も同様に米中の関係悪化により悪影響を受けている。

米グーグルが北京に開設したAI開発拠点に米政府は懸念を示している(写真は18年9月に上海で開かれた世界AI会議)=Imaginechina・AP

米グーグルが北京に開設したAI開発拠点に米政府は懸念を示している(写真は18年9月に上海で開かれた世界AI会議)=Imaginechina・AP

その最も顕著な例が米グーグルだ。同社は自社が運営するプラットフォームに対する中国当局による検閲を拒否し、10年に中国から撤退した。最近になって再参入の動きを見せると、トランプ氏と米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長から非難された。ダンフォード氏は3月14日、議会上院の軍事委員会の公聴会で、グーグルが北京に開設した人工知能(AI)センターに懸念を示した。中国でAIの研究開発を進めることは、中国共産党独裁政権、ひいては中国軍を手助けすることになると言う。

これを受け、グーグルのスンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は3月27日に両氏にそれぞれ面会し、AIセンターは無害なオープンソースの技術を開発しており、その成果は中国人だけでなく全ての人が利用できると説明した。一方、グーグルは18年8月に同社社員らから抗議を受け、中国当局による検閲を可能にする中国版検索エンジン「ドラゴンフライ」の開発を中止することを余儀なくされた。

米国の企業や投資家にとって今、もう一つの懸念が新疆ウイグル自治区に絡むものだ。地元当局はイスラム教徒の少数民族ウイグル人を100万人近く「再教育キャンプ」に拘束している。その関係で米企業2社が自社の評判にかかわるような報道をされたのを受け、今年、地元当局と中国政府との取引を中止せざるを得なくなった。当局は米医療機器メーカーのサーモフィッシャーサイエンティフィックの遺伝子解析機器をウイグル人のDNA鑑定に使っていたが、同社は当局への機器販売をやめた。米衣料大手のバッジャー・スポーツ・ウエアも、強制労働させられているウイグル人を使い縫製している疑いのある中国企業に製造を委託しているとの批判的報道が流れたのを受け、その中国企業との取引を停止した。

ここへ来て関心は、大量のウイグル人拘束に絡んだ事業を展開している、MSCI指数の構成銘柄になっている中国企業に移りつつある。米国のファンドマネジャーたちは、中国国有の監視カメラメーカーで、海外事業を急拡大している海康威視数字技術(ハイクビジョン)の株式を競って購入していた。ところが、同社は今や米政府のブラックリストに入っており、一部の投資家は慌てて株式を手放している(編集注、米商務省は、米国の安全保障や外交政策の観点から問題があるとみられる外国企業や組織をリストアップしている)。つまり、そうした企業の株を保有すること自体が、自社の評判を落とすリスクを抱えるということだ。

抑圧的な政府とビジネスをすることは常に危険を伴うが、中国はそのリスクが高まりつつある。20年前に共産党政権が市場を開放し始めた際、欧米各国は軽率にも海外からの投資が増えれば中国の民主化も進むと考えた。その市場規模の大きさを前に自社の倫理的方針を曲げた企業もある。海外企業は、中国で事業をすることが自社の評判を落とすことになりかねないというリスクよりも、これまでは自社の知的財産を盗まれるのではないかというビジネス上のリスクを長年心配してきた。

だが習主席が国内で企業への党による管理を強化し、対外的には好戦的な態度をとるにつれ、状況は変わりつつある。18年には米航空会社数社と米ホテル大手のマリオット・インターナショナルは、中国が自国の一部とみなしている台湾の表記の仕方について変更を余儀なくされた。

技術の重要性が高まるに従い、様々なリスクを抱える中国とビジネスを続けることによる危険を回避することは難しくなっている。ただ、だからといって米企業が中国から撤退するというのはあり得ないことだ。中国は莫大な数のプログラマーと無限のデータが手に入る技術革新の中心地だ。米アマゾン・ドット・コムのクラウド子会社AWSと米マイクロソフトは、上海にAI研究施設を開設しようとしている。

だが、欧米の政治家や有権者がAIなどの先端技術は暮らしを便利にする一方で自分たちのプライバシーを大きく侵害していると恐れているように、中国では市民の利益になる利用法と政府による抑圧手段としての利用法の境界が曖昧になる可能性がある。中国での事業の判断を誤ると、厳しい批判にあうリスクが高まっているということだ。

今や中国での事業展開には、様々な厳しい目が向けられている。トランプ政権はサウジアラビアなど同盟国の人権侵害は非難したがらないが、ウイグル人の拘束には厳しい目を注いでいる。米議会から圧力を掛けられていることが大きい。

米超党派の議員グループは4月3日、ハイクビジョンなど安全保障に関連する企業に対する規制を強化し、これらの企業が世界の金融市場でどのような活動をしているか調査し、米企業が新疆での「広範な市民の監視やビッグデータに基づく犯罪予測」に決して加担することのないよう米政府に求めた。

グーグルも経験したように、従業員や人権団体も企業の動きを注視している。ただ、米企業は多くの中国人も雇用しており、彼らは国家が事業に介入することに欧米人より抵抗感が低いかもしれない。

それでも企業は独裁国家で事業を展開するリスクを隠せないことに気づきつつある。危機管理コンサルティングの米RWRアドバイザリー・グループを率いるロジャー・ロビンソン氏は、人権問題や安全保障に絡む中国や欧米の企業については広範な情報公開を求める機運がワシントンでは高まっていると指摘する。

だが欧米企業は、中国政府に要求されても、自らの信念を曲げられないと誇らしく正義を主張することはできる。それは、リスクの高い戦略に見えるかもしれないが、長い目で見れば自らが信じる価値を守るために戦う企業は尊敬を勝ち得るだろう。それは、冒頭のチャイニーズ・バーンをされたからといって、すぐに屈しない人が尊敬されるのと同じだ。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. April 6, 2019 All rights reserved.

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