マレーシア前首相初公判、検察「権力乱用で資金流用」
政府ファンド汚職 400億円の追徴課税も
【クアラルンプール=中野貴司】マレーシアの政府系ファンド「1MDB」を巡る汚職事件で、合計42の罪で起訴されているナジブ前首相の初公判が3日、クアラルンプールの裁判所で開かれた。同国当局はナジブ被告側に総額600億円を超える資金が流れたとして巨額汚職の全容解明を目指す。流用資金に約400億円の追徴課税も課す構え。長期化が必至の裁判の行方はマレーシア政治にも大きな影響を与えることになる。

トミー・トーマス司法長官は冒頭陳述で、ナジブ被告は1MDBの元子会社「SRCインターナショナル」から4200万リンギ(約11億円)を不正流用した当時、首相に加え財務相、1MDBのアドバイザリーボード議長などの職を兼務していたと指摘。「資金を得るために権力を乱用した」と罪の概要を説明した。
ナジブ被告は閉廷後、報道陣を前に無言で去ったが、弁護士は「検察側の冒頭陳述は中身に乏しかった。我々は無罪を立証する自信がある」と述べた。ナジブ被告側は18年7月に起訴されて以降、全面的に争う姿勢を鮮明にしている。
3日の初公判は42の罪のうちSRCを巡る背任やマネーロンダリング(資金洗浄)など7つの罪が対象となった。1MDB本体からの資金流用など他の35の罪の公判も今月以降、順次開かれる見通し。複数の有罪が確定すればナジブ被告は長期に収監され、政治生命が絶たれる可能性が高い。
地元紙によるとマレーシア内国歳入庁は3月、1MDB絡みの不正所得に対し約400億円の追徴課税をナジブ被告に請求した。
一方、ナジブ被告側は公判で徹底抗戦するとともに、裁判を長引かせ、世論の風向きが変わるのを待つ戦略を採る。仮に一審で有罪判決が出ても控訴して時間を稼ぎ、約4年後までに開かれる次の総選挙で政権交代を果たし復権を目指す算段だ。実際、初公判は当初2月12日に開かれる予定だったが、被告側の要請で約2カ月、延期された。
非政府組織トランスパレンシー・インターナショナルのアクバー・サタール氏は「新興国での汚職などの知能犯罪では、証人を買収し、判決を覆すことも可能だ」と被告側の出方を指摘する。
18年5月の政権交代から1年近くがたち、マレーシア政治の風向きも変わりつつある。マハティール氏率いる与党連合は1月の下院補選、3月の州議会補選で、野党連合に連敗した。ナジブ被告は起訴中にもかかわらず、補選期間中、野党連合候補の応援を精力的にこなし、勝利に貢献した。
人種融和的なマハティール政権に不安を募らせるマレー系の間でナジブ被告の人気はじわじわと回復している。ナジブ被告は公判でもマハティール政権による恣意的な捜査だと訴え、マレー系の同情を買うことを狙う。
マハティール政権は公判でナジブ被告や妻のロスマ被告の巨額の蓄財をさらけ出し、ナジブ前政権の腐敗ぶりを世論に改めて印象づけたい考え。1MDB事件の公判の攻防は政治的な色合いが強くなり始めている。