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「時間ない」から頑張れる 補完関係の仕事と競技

マラソンの実業団選手だった友人は企業からの支援がなくなってからの方が強くなったという。その友人は競技に専念するために短時間の勤務で済むように優遇されており、トレーニングだけでなく体のケア、睡眠の時間などは十分に確保されていたのに成績が伸びず、退部を宣告された。

その後通常の勤務形態となったものの競技への未練を断ち切れず走り続けた。限られた時間でのトレーニングは厳しく、深夜に行うこともあったが自己記録を更新することができ、そのことを長年不思議に思ってきたそうだ。

世界最高峰のレース「UTMB」で4位になったのは39歳のサラリーマン時代だった

私にはよく理解できる。自分も40歳までは県庁職員として働きながらトレイルランニングで世界を舞台に闘ってきた。今振り返っても壮絶な日々だった。

職場まで10キロメートルほどの通勤ランニングから一日がスタートする。昼休みには昼食をとる時間を除くと30分ほどしかない。そこに1000メートルを4本などの追い込んだトレーニングを入れた。定時の終了時間と時間外労働の合間の15分休憩の間も5分間ほどで追い込めるトレーニングを場所を探して実施していた。オフィス間の移動は必ず階段を使った。

昼休みのトレーニング時間が確保できるように午前中は集中して仕事に打ち込んだ。帰宅はおおむね夜9時や10時になる。あらかじめ定時に帰宅できる日がわかっていると、その日に長時間トレーニングができるように体調を整えた。

厳しいトレーニングを積んでも疲労を取り除かなければ成果は出ない。トイレなど細切れの時間でストレッチをし、会議中には頭は集中しながらも、セルフマッサージで疲労回復に努めた。日々が時間との闘い。プロ転向前の39歳にして世界最高峰の舞台で4位になれたことは決して偶然の産物ではなかったと感じる。

当時は仕事と競技が互いに補完し合う、いい関係を保てていたように思う。競技がうまくゆかなかった時には仕事に集中することで心が良い状態に保たれ、またその逆もあった。仕事が停滞すると昼休みのランニングでふと打開するアイデアがわいたり、逆に仕事をしているなかで時折、競技力を上げるヒントを見いだしたりした。そう言えば前述の友人も、実業団選手時代は常に競技のことが頭から離れず、心を病む日々が続いたという。

40歳で県職員を辞めプロトレイルランナーとなった後も変わらず忙しいけれど、自己裁量で時間をコントロールできる分、以前より恵まれた環境かもしれない。そんなこともあり、ついついこの境遇の上にあぐらをかき、ありがたみを見失ってしまう。そんなときは時間に縛られていたサラリーマン時代を思い出すよう心がけている。時間が限られた人生、いろいろチャレンジした方が断然楽しい。それをあきらめるのに、単に忙しいというだけでは理由にはならない。競技への情熱も、忙しければなおさら燃えさかるということだってあるのだ。

(プロトレイルランナー)

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