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パラリンピックの風

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限界まで追い込みゴール D・ロマンチュク(下)
車いすマラソン

2019/4/6 6:30
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ダニエル・ロマンチュクが生まれたのは米東部メリーランド州のマウント・エアリー。名が表すように、丘陵地帯の小さな街だ。「多くの丘があり、たくさん風が吹く。そこでトレーニングをして、上り坂を走る力の基礎が作られた」

3月の東京マラソンは初来日初参戦で2位だった

3月の東京マラソンは初来日初参戦で2位だった

2歳で地元の障害者向けスポーツクラブ「ベネットブレイザーズ」に入った。最初は車いすに乗って障害物をかわすスラローム。そして「はったり、投げたり、転がったり」する程度。

競技スポーツは水泳から。車いすバスケットボール、アイススレッジ(現パラアイス)ホッケー、アーチェリー、卓球と何にでも手を出した。「楽しかった。限界まで追い込んで、何ができるかを考えるのが」

これはクラブの指導方針から来る考え方だ。障害の態様はひと様々で、パフォーマンスを他人と比べても意味はない。母親のキムは「あなたのベストに対して、どれくらいできたかをはかるのがベネットの哲学」と説明する。腕立て伏せをするダニエルが、腕が動かなくなるまでやりとげる姿をよく見た。「1回でも90回でも、ベストまでやることが大切」と本人は言う。この心持ちが、レース終盤の胸突き八丁でも限界を超え腕を動かす力になった。

様々なスポーツ体験、万能な動きに

陸上を始めたのは4歳の時。6歳で出た2度目の競技会で、やり投げをするロマンチュクを見た競技役員が、選手たちを集めてお手本として見せたとの逸話がある。キムは「彼が6歳なの? という感じだった。そのとき、才能があると思った」。様々なスポーツ体験が、万能な体の使い方を養ったのだろう。

陸上1本に絞ったのは、2016年リオデジャネイロ・パラリンピックを目指すと決めてから。メリーランド州から指導を仰ぐ中西部のイリノイ大学まで当初は通いで、後に大学近くに移住した。リオでは出場したトラック5種目すべてで決勝に進めなかった。だが当時はまだ18歳。「僕にとってはプロセスを経験することが大事。20年に向けての準備だから」と下を向くことはなかった。

19年3月の東京マラソンは初来日初参戦で、リオ優勝のフグ(スイス)の後じんを拝して2位。それでも冷たい雨という悪条件でのレースでベストを尽くせたとの思いから、「満足している」と語った。今年はマラソンのメジャー大会に加え、11月の世界パラ陸上選手権に出場する。「いくつかの種目でメダルが欲しい」と色気も見せたが、「僕のゴールは自分の能力の限界まで自分を追い込むことだ」と強調した。そこは全くぶれていない。=敬称略

(摂待卓)

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