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イチローが語る「頭を使わなくてもできる野球」とは

スポーツライター 丹羽政善

もう長く、マリナーズのクラブハウスへ行くと、ロッカーにイチローがいるかどうか確認するのが当たり前のようになっていた。ホームの場合、入ってすぐ正面にその場所はあった。整然としていたそこには今、段ボールが無造作に置かれ、もうイチローが使っていたという痕跡は消えている。

引退から1週間。米国に戻り、マリナーズの2019年シーズンが改めて開幕したが、フィールドにはもはや「51番」の背中はない。まだ実感がわかないが、いつかそれも当たり前になるのか。

3月27日、東京からシアトルに戻った。珍しく日本より早く、街の桜が咲き誇っていた。

おそらく今後、長く語り継がれるであろう、あの深夜の引退記者会見。これからも折に触れて取り上げていきたいが、誤解されて伝わったり、そもそもどう解釈していいか分からない、という言葉も少なくなかった。

例えば、「頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつある」という一言。どこかで、パワー全盛で本塁打が乱れ飛ぶ派手な野球、と説明されていたが、それは20年以上も前の話である。

もちろん、そういうことではない、イチローが危惧しているのは。

もう2年半以上も前のこと。イチローにスイングスピードについて聞いたことがある。

打率が.229に終わった15年と.291だった16年。比較すると、後者の平均スイングスピードが、明らかに速くなっていた。そのスイングスピードの増加は、何を意味するのか。

スポーツバイオメカニクスが専門で、国立スポーツ科学センターで野球の打者のスイング技術の評価を研究している森下義隆さんに伺うと、例えば、100キロと90キロのスイングスピードを比較した場合(始動からコンタクトまでの時間を0.15秒と仮定)、同じポイントでボールを打つとすると「100キロの方が、約20センチ分遅くスイングを開始することが可能になる」とのことだった。

その20センチを時間に置き換えると0.015秒。150キロの球で考えれば、0.015秒で約60センチ、ボールが進む計算だという。その解釈をイチローに求めると、「0.015秒と聞いただけで、そりゃ、デカイ」と即答だった。

「全然、違う。でも、わざと遅くしているケースだってある。単純な比較はできないから難しいところだけれど、本当に振った結果としてその差が出ているなら、それは、デカイよね」

そのデータの意味を理解しているか

わずか0.015秒。しかし、そこには情報量が詰まっている。

が、そこから何を読み取るかは、選手次第だ。その意味を理解したときに初めて、そうしたデータは価値を持つ。ところが、今の大リーグは、スイングスピードや打球の初速が速ければ速いほどいい、と短絡的に考えている選手が少なくない。イチローが憂えているのはそこだ。

「(打球速度を速くするだけなら)頭を使わないやつもできる」

そう言ってから、イチローはこう続ける。

「2アウト三塁で、僕なんかはよく使っているテクニックだけれど、速い球をショートの後ろに詰まらせて落とすという技術は確実に存在するわけ。でも今のMLBでは、チームによっては、そこで1点が入るよりも、その球を真芯で捉えてセンターライナーの方が評価が高い。ばかげてる。ありえないよ、そんなこと。野球が頭を使わない競技になりつつあるのは、野球界としては憂えるべきポイントだわね。野球ってばかじゃできないスポーツだから。でも、ばかみたいに見えるときがあるもんね。ほんとに」

「頭を使う面白い野球であって欲しい」

例えば、打球の初速が100マイルの平均打率は5割4厘である。これが90マイルの場合は2割5分ちょうど。

年間を通して考えれば、確かにライナーの方が、より得点を生むのかもしれない。しかし、打球速を意識するなら、打球角度などと合わせて複合的にとらえる必要がある。そもそも、イチローが想定したようなケースで、有効なのはどちらか。局所的な視点も欠かせない。

問題はさらに、打球速だけを比べた場合、高度な技術力まではそこに反映されないことか。フィールドで起きたことを見ていなければ、いや、見ていても、それが理解できなければ、「飛んだところが良かった」ですまされてしまう。イチローの内野安打もほとんどのケースが必然だったのだ。

イチローは引退会見で「日本の野球はアメリカに追従する必要はない」と強調した=ロイター

状況をどう読むか。守備位置はどうか。野手の能力はどうか。投手はどんな攻めをしてくるのか。その中で得点につなげるには、どんなアプローチがベストなのか。ありとあらゆる引き出しの中から、最善策を探す。投手のデータも頭に入れ、どう角度をつければヒットになるかも把握している。経験、データ、技術。すべてが集約されてはじめて、1本のヒットにつながり、得点を生む。

しかしながら今、どうにもそうした頭を使った複雑なプロセスが軽視されているのではないか。イチローは、データそのものを否定しているわけではない。危惧しているのは、それとの距離感なのである。

守備シフトでも、打者の傾向を把握するのはもちろんだが、誰が投げているのか、その持ち球は何か、そうした状況を考えて守備位置を決めているのかどうか。あるいは、単に指示されたからそこにいるのか。結果的に同じ場所を守っているとしても、その中身は異なる。

そうした流れの中で今、日本野球も岐路に立っている。

イチローは「日本の野球がアメリカの野球に追従する必要なんてまったくなくて、やっぱり日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしい。アメリカのこの流れは止まらないので、せめて日本の野球は決して変わってはいけないこと、大切にしなくてはいけないものを大切にしてほしいなと思います」と話したが、どうだろうか。

ある日本人投手に聞いたが、多くの日本人投手は今、「(投げる球の)回転数ばかり気にしている」そうだ。これは打球速以上に、本質からずれている。気にするなら、回転軸の方だろう。ただ、回転軸を把握するには、それなりに頭を使わなければならない。そのためには覚悟もいる。

もはやデータ化の波は避けられない。その中で、イチローが守りたかったものは何か。

表面的に解釈せず、日本球界は、正面から向き合うときである。

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