/

開放感あった土曜日の午後(平成のアルバム)

半ドン

「学校あった頃の土曜っていつも晴れてた気がする」。誰かがインターネットの掲示板にそう書き込んだ。平成に生まれ育った若者に、この気分はうまく伝わらないかもしれない。平成の初めは土曜日も午前中は授業があった。週休2日制が導入される前、昼まで授業や仕事がある土曜日を「半ドン」といった。

平成初期の日本経済新聞は、当たり前のように見出しに半ドンの3文字を使っている。「金曜日を半ドンに、春闘要求」「入社後4年は半ドン、新制度」……。1965年にいち早く週休2日制を導入した松下電器(現パナソニック)を筆頭に、土曜休みは民間企業に広がり、平成が始まった89年には役所や銀行も土曜閉庁・土曜休業を始めた。

でも、当時の子供たちは土曜朝も普段通り学校に通っていた。「昼に学校が終わって、家に帰るとおやじがいるのが珍しかった。ご飯を食べて友達と近所の公園に遊びに行く開放感は、良かったな」。都内の会社に勤める男性(39)が遠くを見てつぶやく。「昼飯はおやじが焼きそばや皿うどんを作ってくれた。なぜか土曜の昼飯の特別感はよく覚えている」

全国の国公立小中学校で土曜の休みが始まったのは92年。当初は第2土曜の月1回だけだったが、95年に2回に増えた。毎週土曜日が休みになる完全週休2日制が導入されたのは「ゆとり教育」が始まった2002年のことだ。

授業時間の減少を嫌う都市部の私立校などでは、半ドンとは呼ばないまでも土曜授業は続いた。公立校でも東京都杉並区の和田中が03年以降、「土曜寺子屋(ドテラ)」や「夜スペシャル(夜スペ)」などで土曜授業に道を開き、各地の学校が追随。文部科学省は13年に、教育委員会の判断で土曜授業を柔軟に行えるよう学校教育法施行規則を改正した。

土曜の昼飯を懐かしむ男性の長男(9)は新4年生。父親の時代は土曜日が半ドンだったことを聞いて「休みのほうが絶対いい」とばっさり。でも、4人の子を持つ父親になった男性は「半日でも学校に行ってくれたほうが親としては楽」と感じている。

半ドン 広辞苑によると、オランダ語「zondag」が由来。本来は日曜日という意味だが、休日の意味で使われるようになり、半分休みの土曜日が「半ドンタク」→「半ドン」となった。ちなみに週休2日制導入後のバブル期に、休み前夜の心躍る金曜夜は「ハナキン」と呼ばれた。「花の金曜日」を略したこの言葉も半ドン同様、今では死語になった。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連企業・業界

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン