2019年7月21日(日)

欧州が主導するIT規制(The Economist)

2019/3/27 2:00
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The Economist

「コモン・センス」の著者トマス・ペインが1776年に「新たな世界が誕生する日は近い」と記して以来、米国は自らを新しい時代を切りひらく新天地だと認識し、欧州は過去にとらわれている旧世界だと見てきた。IT(情報技術)業界ほど、この主張が当てはまるところはない。

時価総額上位20社のIT企業の15社が米企業だが、欧州企業は1社しかない。シリコンバレーは、最先端の発想を持つ起業家が情報通の投資家と出会える場だ。米国ではIT大手をいかに封じ込め、公益を念頭に事業展開させるかを巡る議論も激しい。IT大手は度重なるプライバシーの侵害で米議会に非難されており、来年の米大統領選挙に出馬表明している民主党のエリザベス・ウォーレン上院議員は米フェイスブック(FB)の解体を提案している。

■個人情報管理を個人ができる原則を世界初で目指す

IT業界を巡る規制は、米国ではなくEUが従来とは異なる新しい発想で次々に進めている=ロイター

IT業界を巡る規制は、米国ではなくEUが従来とは異なる新しい発想で次々に進めている=ロイター

だが、世界で最も影響力のあるこの業界の先行きを占うには、米ワシントンやカリフォルニアではなく、欧州のブリュッセルやベルリンに目を向けるべきだ。従来とは異なり、米国が尻込みする一方で、欧州連合(EU)は次々と行動を起こしている。EUは米グーグルに20日、広告市場から競合他社を締め出したとして約1900億円の制裁金を科した。近くデジタル著作権法も改正するほか、スウェーデンの音楽配信大手スポティファイ・テクノロジーは米アップルを独禁法違反で訴えている。

EUはさらに、消費者各人に自分の個人情報を管理できるようにし、そこから得られる利益も決められるようにし、IT各社を競争させるという他の地域にはない方針を世界で初めて導入しようとしている。これがうまく機能すれば、何百万人もの利用者に恩恵をもたらし、経済は活性化し、規模に見合う責任を負ってこなかったIT各社が握る巨大な力を抑えることにつながる。

欧米規制当局はこれまでも60年代の米IBM、90年代の米マイクロソフト(MS)など、市場を独占するIT企業と対決してきた。だが今日のIT大手は競争を阻み、巨額の利益を上げているだけではない。(偽情報の拡散を通して)民主主義を不安にし、プライバシーを侵害し、個人の権利も犯すという重い罪に問われている。

人工知能(AI)の利用が進むにつれ、情報への需要は爆発的に拡大しており、データは新たな価値ある資源に変わった。にもかかわらず、誰がデータをコントロールし、利益をどう分配すべきかという重要な問題は未解決のままだ。大方の意見が恐らく唯一、一致するのは、これを決めるのは今やスキャンダルまみれのFBのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)であってはならないということだ。

欧州は起業家が存在せず、今も官僚主義が強いと考える多くの経営幹部にとって、EUがこうした問題に先進的に取り組んでいる事実は信じ難いかもしれない。だが、欧州には影響力もあり、新しい発想も存在する。IT大手5社の米アルファベット、米アマゾン・ドット・コム、アップル、FB、MSは平均すると、売上高の約4分の1を欧州で稼ぐ。また、世界最大の経済圏EUの基準に新興国が追随することも多い。欧州は過去に独裁体制を経験したことから、個人情報保護への思いは強い。規制当局が米国ほどロビー活動の対象になっていないし、裁判所は比較的新しい経済観に基づき判決を下している。欧州にIT大手が少ないことも、より客観的な立場で判断することを可能にしている。

■IT大手が集めたデータも共有させる方針

欧州のIT規制の進め方のカギは「何をしないか」を決めてきた点にある。各社の利益に上限を設けたり、公益事業のように規制したりする選択肢は却下してきた。厳しく規制すれば、独占が続くだけで活力が失われる。企業を分割する案も退けてきた。分割しても、FBやグーグルなどから独立した事業がネットワーク効果を発揮し、再び支配的地位を築くだけだ。そのためEUは、加盟国間に違いはあるが個人の情報保護を重視する加盟各国の文化と、競争促進のためのEUの法的権限の2つを融合させる形で規制を構築してきた。

第1の原則は、個人に関するデータの主権はその人に属するとの考え方が基本にある。つまり、自分に関するデータにアクセスし、これを変更し、誰が閲覧できるかを決める権利は、その個人にあるという考えだ。これがEUの一般データ保護規則(GDPR)の核心であり、この原則は世界で既に多くの国が追随して導入している。

そのうえで各サービス間の相互運用を可能にすることで、利用者が経済面でよりよい条件の企業や、利用者にとってより倫理的なプロバイダーに変更できるのを容易にする(例えばFBより厳しい個人情報保護基準を採用し、広告収入の一部を利用者に還元する方針を取っているサービスにすべての友達と投稿を移せたらどうだろうか)。

このモデルの一つが、「オープンバンキング」と呼ばれる英国のスキームで、銀行の顧客が自分たちの支出の傾向や、定期的な支払いなどのデータを他の銀行と共有するのをよいとする仕組みだ。13日に英政府に提出されたIT企業の在り方に関する報告書も、IT各社は自社で得たデータを競合企業と共有できるようにすべきだと勧告した。

欧州の第2の原則は、企業に競合他社を締め出すのを認めないということだ。つまり、自社のプラットフォームを利用する競合を同列に扱うことを義務付けている。例えばEUは既にグーグルに、検索結果に表示される買いものサイトや、同社の基本ソフト(OS)アンドロイドを使っている競合ブラウザーに不当な競争を強いていたのを改善するよう命じた。ドイツでは連立与党の社会民主党(SPD)が、一部のIT大手がデータを独占するのでなく、より市場原理が働くように支配的地位にある企業は競合と大量の匿名データを共有することを義務付ける案を公開した(例えば運送各社すべてがウーバーテクノロジーズが握る交通パターンに関するデータにアクセスできるようにする)。ドイツは、IT大手がいずれ脅威となりかねない多数のスタートアップを買収するのを禁じる法律も成立させた。

つまりEUは、消費者各人が自分の個人情報を管理し、その情報をマネタイズする方法を決めるべきだという新たな方針を提唱している。利用者が他の企業が提供するサービスに乗り換えられるようにすれば、競争が生まれ、選択肢が広がり、様々な基準が上がっていくという考え方だ。そうすれば消費者が最も強い力を持ち、情報や権力が集中しない経済を築ける。IT大手は利益の一部を利用者に分配することを余儀なくされ、投資を増やさなければシェア低下が不可避となることから安閑としていられなくなる。

■欧州が成功すれば米国もまねて導入せよ

欧州のやり方にはリスクもある。企業間の相互運用の実現は難しいかもしれない。個人情報を保護しつつ、データの共有を妨げないことを目指すGDPRの運用は今のところスムーズではないし、データ共有は個人情報保護に優先されるべきでない。欧州の官僚はこの答えを出すのに、米国の先進的な発想を必要とするだろう。また、欧州のやり方が他の地域では導入されず、ガラパゴス化するリスクもある。とはいえIT大手は米欧で異なる事業モデルを採用するのは避けたいはずだ。カリフォルニア州がGDPRに似た法律を導入するなど、米国が欧州に追随する兆候もある。

欧州は国家や独占企業が全ての情報を抱え込むのではなく、消費者に力を持たせることでIT大手を巡る問題を解決しようとしている。実際に答えが見つかれば、米国は先祖が自由を求めて離れた土地から学ぶことになっても、それを躊躇(ちゅうちょ)してはならない。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. March 23, 2019 All rights reserved.

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