ソフトバンク巨大ファンドが狙う5大分野
孫正義氏率いるSBGは2017年以降、90社超に上る100件以上の案件に参加し、556億ドル相当を投資した。あらゆる業界のテクノロジー企業に対し、多くのケースで1回の資金調達ラウンドにつき1億ドル以上を投じるビジョン・ファンドが、その多くを担っている。
本稿では、SBGによる過去2年の全ての投資に注目した。各社を主要業務に応じて分類し、フィンテック、電子商取引(EC)、企業向けサービス、モビリティー、そして不動産を5大投資分野に定めた。この分類は投資先企業を網羅しているわけではない。SBGの投資企業の多くは複数の分野にまたがって事業を運営しているからだ。
下記のビジネスソーシャルグラフには17年以降の全ての投資が記載されている。本稿には新規株式公開(IPO)や売却によりエグジット(投資回収)を果たした企業も含まれる。

(1)自動車・モビリティー
SBGによる投資件数が最も多いのは、自動車・モビリティー分野だ。ビジョン・ファンドは配車サービス大手の米ウーバーテクノロジーズや中国の滴滴出行など、この分野の12社に出資している。SBG傘下の他のファンドもシンガポールの配車大手Grab(グラブ)、インドのOlacabs(オラキャブ)、ブラジルの99などに複数投資している。
もっとも、配車サービスよりもはるかに件数が多いのは、自動車分野そのものへの投資だ。18年後半には自動運転車による配達中にピザを焼き上げる米Zume Pizza(ズームピザ)に3億7500万ドルを出資した。
ズームピザの現在のビジネスモデルは自動でのピザ製造と配達に限定されるが、SBGは同社を物流の未来の一つの形態とみなしている。
ズームピザはピザロボットを活用したピザ製造プロセスを完成させれば他の食品にも手を広げる可能性がある。自動キッチンが街を走り回るようになれば、こうした形態はレストランからの出前にとって代わるかもしれない。

SBGが最近、米自動運転車スタートアップ、Nuro(ニューロ)に9億4000万ドルを出資したことと合わせて考えると、ズームへの投資はより戦略的な意味を持つ。ニューロは現在、食料品などの配送を手掛けている。
ニューロはズームと同様に、自社技術の用途を食料品の配送に限定しているが、いずれは自動運転の長距離トラックや物流などにも乗り出す可能性がある。
(2)企業向けサービス
SBGのもう一つの重点分野は企業向けサービスだ。同社は企業業務の効率化を支援するスタートアップ企業13社に出資している。米Automation Anywhere(オートメーション・エニウェア)はデータ入力からカスタマーサービスまで、企業の単純な事務作業を自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を手掛けている。RPAは効率を高めて人的ミスを減らせる新しい分野で、多くの業界で事務作業コストを大幅に削減できる可能性を秘める。SBGは18年11月、オートメーション・エニウェアに3億ドルを出資した。
SBGは2月、物流の円滑化を進める米Flexport(フレックスポート)の資金調達ラウンド(調達額10億ドル)に参加。フレックスポートの評価額は32億ドルとなった。
(3)電子商取引(EC)
SBGはEC業界への投資では、他の業界よりも地域性を重視している。地域ごとに「キー・プレーヤー」を見極め、その企業に巨額の資金を投じる戦略をとっている。
例えば、同社はCoupang(クーパン、韓国)、Flipkart(フリップカート、インド)、Tokopedia(トコペディア、インドネシア)に出資している。クーパンとトコペディアはそれぞれの国の最大手であり、フリップカートも米アマゾン・ドット・コムと首位争いを繰り広げている。
SBGは「カテゴリーキラー」と言われる、焦点を絞ったEC企業にも出資している。例えば、インドのベビー用品販売サイトFirstCry(ファーストクライ)は今年1月、シリーズFの資金調達ラウンドでSBGから1億5000万ドルの出資を受け、評価額が8億5000万ドルとなった。
(4)フィンテック
SBGはさまざまなフィンテック企業や保険会社に投資している。例えば、米SoFi(ソーファイ)と米Kabbage(カバッジ)はいずれも融資を手掛けるスタートアップ企業だ。ソーファイは個人向けに融資や借り換え、資産管理サービスを提供。SBGは17年2月に実施されたシリーズFの資金調達(5億ドル)に参加した。一方、カバッジは従来とは異なる与信基準を活用し、信用履歴のない中小企業に融資している。同社は17年8月に実施したシリーズFの資金調達で、SBGなどから2億5000万ドルを調達した。SBGは15年にもカバッジに出資している。
保険業界では、インドの保険比較サイトを運営するPolicyBazaar(ポリシーバザール)や住宅賃貸者用の保険アプリを手掛ける米Lemonade(レモネード)に出資している。
さらに、インドの決済アプリ「Pay(ペイ)tm」の親会社One97 communications(ワン97コミュニケーションズ)の少数株も取得している。
(5)不動産
SBGによる不動産分野への投資で特に目立つのは、オフィスシェア事業を手掛ける米WeWork(ウィーワーク)と関連会社への総額70億ドルに上る投資だ。SBGはウィーワークの資金調達ラウンドに4回参加したほか、転換社債、流通市場での社債買い入れ、さらに融資を通じて投資。同社のアジア太平洋地域の子会社、ウィーワーク・ジャパン、ウィーワーク・チャイナ、ウィーワーク・パシフィックの3社の資金調達も主導している。
ウィーワークはSBGからの投資により、評価額が470億ドルと世界屈指の規模を誇る未公開のテクノロジー企業に成長した。
だが、ウィーワークが最近実施した資金調達ラウンドでは、SBGの出資額は予想を大きく下回る20億ドルにとどまった。米国などで相次いだ報道では、200億ドルを投じてウィーワークの過半数の株式を取得するとみられていた。それでもなお、20億ドルはかなりの額の投資といえる。
SBGはさらに、建設スタートアップの米Katerra(カテラ)、環境にやさしいスマートガラスを手掛ける米View(ビュー)、不動産仲介の米Compass(コンパス)などにも出資している。
スマートシティーなどにも広範に投資
SBGによる投資先はこれらの5大分野にとどまらない。他の分野でも人工知能(AI)を武器とする様々な新興企業に投資先を広げている。例えば、スマートシティーだ。自動運転車やスマート物流からスマートパーキング、あらゆるモノがネットにつながるIoTのセンサーに至るまで、この分野のさまざまな企業に資金を投じている。

モビリティーの場合、自動運転技術だけでは街中でヒトやモノを「スマートに」移動させることはできない。そこで、リアルタイムの交通データを使って利用者の移動経路を管理する米Mapbox(マップボックス)に出資している。これによりスマートシティーは交通の流れを最適化し、クルマの動きを管理し、街中のモノや人の流れを改善、交通による環境への影響を軽減する。マップボックスは17年10月に実施したシリーズCの資金調達で、SBGに加え、米ベンチャーキャピタル(VC)のDFJグロース、ファウンドリー・グループ、スライブ・キャピタルなどから計1億6400万ドルを調達した。
SBGはさらに、スマートパーキングアプリを手掛ける米ParkJockey(パークジョッキー)にも出資している。同社の技術を使えば、運転手を迅速に誘導し、不要な渋滞を軽減し、ある地点から別の地点への所要時間を減らすことができる。
SBGは米Cruise Automation(クルーズ・オートメーション)や米Nauto(ナウト)など複数の自動運転スタートアップ企業にも出資している。クルーズ・オートメーションは米ゼネラル・モーターズ(GM)の子会社で、自動運転車の開発に特化し、既存車に接続するだけで使える高速道路向け自動運転システムの開発を進めている。SBGは評価額が22億5000万ドルのクルーズ・オートメーションに9億ドルを投資している。
ナウトの安全システムでは、運転手がよそ見したり安全運転をしていなかったりする場合に、AIを使って運転手に警告を発し、事故を回避する。現在はトラックなど商用車の運転手が対象だ。クルーズ・オートメーションもナウトも、完全自動運転車が使えなくてもスマートシティーでモノや人を効率的かつ安全に運べるよう支援する。
SBGはスマートシティーの他の分野にも投資している。例えば、携帯子会社「ソフトバンク」を通じて、利用者によるIoT製品やサービスの開発・展開を支援する日本のUhuru(ウフル)にも出資している。
スマートガラスの透明度をオンデマンドで変え、建物内のエネルギー効率を高める米ビューには11億ドルを投資した。
AIにも
AI関連のスタートアップ企業にも続々と投資を決めた。1月には自然言語処理を使ってコンサルティング会社などの業務を支援する米Globality(グローバリティ)に1億ドルを出資した。
さらに、AIを活用して素材を開発する米Zymergen(ザイマージェン)が18年12月に実施したシリーズCの資金調達ラウンド(調達額4億ドル)にも参加した。

提携による事業拡大
SBGは投資先の企業同士の提携にも力を入れている。ビジョン・ファンドのマネジング・パートナー、ジェフリー・ホウゼンボールド氏は米フォーチュン誌の取材に対し「少数株をかなり取得して起業家に資金とアドバイス、人脈を提供し、SBGのエコシステムに属する企業を紹介するのが当社の戦略だ」と語っている。
この提携モデルの仕組みを理解するために、SBGによるアジアの投資企業同士の提携を見てみよう。例えば、インドのホテル予約アプリOyo(オヨ)と中国の配車サービス大手の滴滴出行は17年、オヨによる中国参入の支援の一環として提携した。両社とも世界展開を目指しているため、この提携は継続するとみられる。
同様に、孫氏は18年5月、インドの配車サービスOla(オラ)をドイツの自動車販売サイトAuto 1 Group(オート1グループ)に紹介し、オート1の海外事業拡大を支援した。もっとも、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、正式な提携はまだ発表されていない。
こうした提携を通じて、各社は新たな地域で顧客を獲得し、コスト削減を進め、売り上げを増やすことができる。
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