東京で心機一転期すイチロー その後の去就は?
スポーツライター 丹羽政善
拍手には言葉が宿る。音は同じでも、それぞれに意味が伴う。称賛。感謝。激励。人によっても聞こえ方は異なり、拍手を受けた対象者の受け取り方もまた、それぞれに異なるのではないか。
正解はあってないようなものだが、この春、イチローがオープン戦で打席に立つたび、球場全体から拍手が沸き起こった。キャンプ地の米ピオリアでも、それ以外でも。

それぞれ、何を意味したのだろう。聞くたびに既視感のようなものを覚えたが、実際、過去にその音を聞いたことがあった。
2014年2月、ヤンキースのデレク・ジーター(現マーリンズ最高経営責任者)は、その年限りで引退すると発表してシーズンに臨んだ。すると、ヤンキースタジアムではもちろん、敵地でも、打席で拍手を送られた。込められた思いを改めて読み解くまでもない。それが仮に、イチローに送られたものと同義なら、イチローにはむしろブーイングのほうが心地よく感じられるのではないか。
ロースター巡る不確定要素
そのイチローを巡って、なにかとかまびすしい。先日も、日本での開幕戦(20、21日)終了後に引退を表明するのではないか、という見方が話題になった。マリナーズはシアトルに戻ってから25、26日にもオープン戦を行う予定だが、そこで何か発表があるのではないか。あるいは28日から始まる米開幕戦の選手登録が発表される27日にロースターから漏れ、イチローが引退を決断するのではないか、という臆測もくすぶる。
一方で、開幕でも選手登録をして、マリナーズはシアトルのファンに最後の姿を見せるような配慮をするのではないか、という声もあって、議論百出である。
一つ一つにはそれなりの説得力もあるが、けが人がいないと仮定すれば、という点で共通する。
ただ現時点で、そのけが人を考慮しないわけにはいかない。キャンプ前に右肘の痛みを訴えた中堅手のマレックス・スミスは、キャンプ終盤になってようやく打撃練習と軽いキャッチボールを開始した程度。現在、アリゾナに残って調整を続けているが、米開幕戦にも間に合わないかもしれない。
結果として東京の試合では、右翼手のミッチ・ハニガーが中堅手にまわる予定だが、ジェイ・ブルース(控え外野手・一塁手・指名打者)が右翼手に入るなら、控え外野手の枠は空席となる。
また、キャンプ終盤に三塁手のカイル・シーガーが左手を手術。一塁手のライオン・ヒーリーがしばらくは三塁を務める見込みで、代わって一塁にブルースが入るなら、右翼手と控え外野手の枠が空く。ブルースと指名打者のエドウィン・エンカーナシオンにはトレードの噂もくすぶるだけに、ロースターを巡っては不確定な要素が少なくない。
それでも一つの方向に流れが偏っているのは、オープン戦の成績と無関係ではないかもしれない。イチローはこの春、12試合に出場すると28回打席に立ち、25打数2安打、3四球、9三振、打率0割8分に終わった。最後は18打席連続無安打だった。

所詮、オープン戦の結果など参考程度。問われるのは調整がうまくできているかどうか。しかし、マイナー契約で、招待選手としてキャンプに参加していたイチローのような立場の選手にとっては、たかが結果、されど結果。イチロー自身も16日に行われた公式の記者会見でこう認めた。
「思うような結果を出せず」
「当たり前のように結果を出して、当たり前のようにここにいるという状態をつくりたかったのですけれど、そうは実際にはならずに大変、苦しみました。なかなか自分の思うような結果はキャンプでは出せなかった」
イチローも数字を意識していたよう。とはいえ、わずか28打席の結果でもある。今年は日本で開幕戦が行われる影響で、キャンプ期間が短かった。天候不良もあり、チーム全体が予定通り実戦を消化することもできなかった。せめて50~60打席あったら……。もっとも、イチローが必ずしも悲観的というわけではない。
「04年に262(年間安打)を打った後の年ですね。05年のキャンプでは毎試合ヒットを打ったんですけれども、始まってみれば大変苦しいシーズンになりました。一方で春に二十何打席無安打(26打席)で迎えたシーズン(08年)もあったんですけれど、その年も結局は200本(安打を)達成して、自分としてはいい年になった、という経験もある」
そんな過去も踏まえ、東京では心機一転を期す。
「場所が変わって、大好きな日本でプレーするということで気持ちもまた変わりますし、今の自分が持てる技術をみせたいと思います」
なお、記者会見では去就についての質問も飛んだ。プロのアスリートなら引退を避けられない。それをどう判断するのか。イチローはそれに対し、「いつわかるんですかね? そんなこと。これは僕にはわからないですね。こういう質問に慣れていないな、と今また思いました」と答えてから、こう続けた。
「僕は12年にシアトルからニューヨーク(ヤンキース)にトレードで行ったわけですけれど、その後は毎日、その日を懸命に生きてきた。それを繰り返して、重ねてきました。マイアミ(マーリンズ)に行ってからもそれは同じで、当然メジャーリーグというのは厳しい世界ですから、いつチームからそういう(戦力外の)通達が来るのかもわからない。そういうふうに日々を過ごしてきたので、そしてまたきょうもここにいる、という状態です」
17日、午前11時52分。プレシーズンゲームの巨人戦開始直前、ウオーミングアップのため一人でフィールドに現れたイチローが、センターに向かって走り始めると、どよめきとともに歓声が上がった。
そのときの拍手は、アリゾナで聞いたものとは違った。