2019年6月26日(水)

若いカンボジア不動産市場、地上戦で攻める

2019/3/17 7:00
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NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞

夏は午前5時半、冬なら午前6時半。クリード社長、宗吉敏彦はメコン川から昇る朝日を眺めながらとるカンボジアの自宅での朝食が好きだ。ソーセージと野菜をパンに載せ、カンボジアの醤油(しょうゆ)とライムを垂らす。「充実感がみなぎってくる」

メコン川の朝日(クリード社長、宗吉の自宅の庭より撮影)

メコン川の朝日(クリード社長、宗吉の自宅の庭より撮影)

2012年、宗吉はプノンペンの北東部、メコン川とトンレ・サップ川に挟まれた土地に家を購入した。イタリア人が持っていた家で価格は6千万円。ベルギー人が設計した水深2メートルのプールが気に入っている。

家の敷地の一角に運転手と料理人を住まわせ1カ月3万円。投資家の村上世彰や日本の1部上場企業のトップなど知り合いがカンボジアにやってくると家に呼び寄せ、夜更けまで議論する。家の価格は買ってから7年もたたないうちに4倍近くの2億円超にまで急騰したが、「収穫期になると数百の実がなるマンゴーの木がとても気に入っているので今は売る気はない」。

■人口増、成長の源

上がっているのは宗吉の自宅の価格だけではない。このところのカンボジアの経済成長率は極めて高い。15年が7.2%、16年と17年はいずれも7.0%だった。「経済成長は大きく見ると人口動態に影響される。基本的に人口が増えている限り、経済は右肩あがり。その時々の為替や経済変動はあるが、結局はこの国では1番、持っているヤツが1番儲(もう)ける」

カンボジア経済の成長のエンジンは人口増だ。14~16年の人口の平均増加率は1.6%でアジアの中でもトップレベル。外国人労働者やインバウンド(訪日外国人)に依存せざるを得ない人口増率マイナスの日本とは雲泥の差だ。

当然だ。日本では第2次世界大戦が終わった1945年以降、大きな戦争や内戦は起きていない。カンボジアは違う。75年、ポル・ポトがロン・ノル政権を倒すと約3年8カ月の狂気の時代に突入、知識人を中心とした虐殺が続いた。当時の人口600万人のうち100万~300万人が亡くなった。

さらに78年12月にはベトナム軍がカンボジアに侵攻する。ヘン・サムリン政権を樹立、今度はポル・ポトとの内戦が始まる。それは89年にベトナム軍が撤退する頃まで続いた。そのせいで戦える年齢層の男性の数が一気に減り、平均年齢は25.3歳と日本(47.3歳)に比べると大幅に若い。悲劇ではあるがカンボジア経済にとってはこの若さが成長の原動力だ。

ただ、成長市場だからといって闇雲に攻めても勝てるわけではない。ベトナムでは現地の不動産会社アンギアに資本参加、アンギア主導で成長を遂げたが、カンボジアではそれは通用しない。国が若い分、経済の成熟度も低い。ベトナムのように現地企業に任せきりでは回らない。

だからカンボジアではベトナムとは全く別の「地上戦」でいく。クリードが採用から社員教育まで自ら手がけ、マンションや住宅地の工事もゼネコン(総合建設会社)に任せず自社でこなす。日本では考えられないデベロッパーとゼネコンの両方の役回りをクリード1社で担うのだ。

■期日管理を徹底

そのためにクリードはカンボジアで20人の技術部隊を抱える。トップとなるコンストラクション・ディレクターには日本人の加藤周司。プロジェクトの工程を切り分け、工程ごとに責任者を配置、工事を発注し期日管理を徹底し緻密に工期と品質を管理する。

カンボジアでは半年から1年、工期がずれるのは当たり前。発注者もその前提で仕事を頼む。しかし、クリードは期日は期日。遅れはない。「これは現地企業とは決定的な差となる」とクリード・カンボジア社長の江口崇。

自社での施工は建設コスト抑制にもつながる。とりわけカンボジアではそうだ。カンボジアでは建設資材の大半を国外からの輸入に頼る。セメントならタイ、バスタブなら中国から。このためベトナムに比べ建設費は3~5割高くなるのが常だが、自社施工だとこの建設資材の価格がガラス張りになる。

高級マンションの開発事業では富裕層に照準を合わせて手痛い失敗をした宗吉。いったん陣形を立て直しどっぷり現地に根を張りながら中間層に照準を定めたビジネスに舵(かじ)を切ったのだった。=敬称略

(シニア・エディター 前野雅弥)

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