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東京五輪のピクトグラム、64年大会が先駆け 若手美術家ら作成

開幕まで500日を切った2020年東京五輪。大会組織委員会は各競技を絵文字で表す「ピクトグラム」を発表し、外国人客らの受け入れ準備を急ぐ。ピクトグラムは海外選手や観客らに競技や会場施設を示す「共通言語」として1964年東京大会に導入されたのが先駆け。若手美術家らがデザインを手がけ、後の五輪や万博で使われる絵文字の原型となった。

「アフリカの人も北欧の人も来るんだ。一目見て分かるものを考えよう」。五輪開幕が間近に迫る64年のある日、組織委が入る赤坂離宮(現迎賓館赤坂離宮)に招集された11人に、美術評論家の故勝見勝氏が呼びかけた。楕円形の大型机に鉛筆とわら半紙が積まれていた。

11人は後に世界的美術家となった横尾忠則さんら新進気鋭の顔ぶれ。最年少の25歳だった版画家の原田維夫さん(80)は「憧れの大先輩ばかり。そこに呼ばれて誇らしかった」と振り返る。

競技用ピクトグラムは前年に完成済みで、11人が取り組んだのは食堂やトイレ、更衣室などの施設用。週に数回、普段の仕事を終えた後の午後7時ごろに集まった。弁当が出るだけの無給奉仕で、39種類を編み出した。

原田さんによると「サウナ」のデザインが特に難しかった。「あぐらをかいた人の後ろで湯気が立ち上る絵を描くと『不動明王みたい』とみんなに笑われてね」。ライバル同士が和気あいあいとアイデアを出し合った。「日の丸を背負う気持ちで団結していた」

作業が全て終わった後、11人は著作権放棄の同意書にサインした。普及を重視する勝見氏の方針だった。「4年後のメキシコ五輪で、自分たちの作品のアレンジ版が使われたと知った時はうれしかった」と原田さん。東京を契機に国際イベントでの使用が一般化し、ピクトグラムはレガシー(遺産)となった。〔共同〕

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