2019年7月21日(日)

東大阪・石切さんに「占いの道」(もっと関西)
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コラム(地域)
2019/3/14 11:30
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■参道下の新駅 集積呼ぶ

できものを癒やすとされ「石切さん」の名で親しまれる石切劔箭(つるぎや)神社(大阪府東大阪市)。お百度参りが有名だが、訪れてみると参道に占いの店がたくさんあるのに驚いた。なぜ「占いの道」は形成されたのか。

近鉄奈良線の石切駅から石切神社まで約1キロの道のり。駅から歩いて占いの店を数えた。駅を出ると早速見つかり、商店がたくさんある場所まで来ると10軒近く密集している所もある。1つの店に数人の占師がブースを構える店も目立つ。そのうち「占いの館『豊八』」の鈴木博翔さん(71)に占ってもらうと「今年の仕事運は順調」という。この取材もうまくいくかな、とやる気が湧いてきた。

石切神社へ約200メートルの所までくると、飲食店や土産店が目立ち、参拝者のにぎわいは増す。逆に占いの店は少ない。神社でお参りを済ませ、今度は近鉄けいはんな線の新石切駅に向かうと再び占い店が目に付いた。結局2キロ弱の間に40軒近くもあった。

「石切は日本一の占い集積地」と断言するのは関西学院大学の島村恭則教授(民俗学)。「大正から昭和初期ごろには既に店があった」。1914年に近鉄の前身、大阪電気軌道の上本町―奈良間が開通。石切駅が開業し、参道に商店街が形成された。32年の民俗学者の調査では、占いの店が2軒確認されている。

生駒山中はかつて修験道の修行地だった。「山の斜面にある石切は民間宗教者である占師が自然と集まりやすい場だったのだろう」と島村教授は考える。

ではなぜ占い店が密集するまでになったのか。石切駅近くで約40年飲食店を営む80代の男性は「開店当時は占いの店が10軒ほどだったが(90年代初頭の)バブル崩壊後から増えた」と振り返る。参道のにぎわいが減り空き店舗が目立つようになり、そこに占い店が入居するようになった。

86年に新石切駅が開業し参拝路が変化したことも空き店舗増加の要因となったようだ。石切駅から神社を訪れると、行きは下りで楽だが帰りはつらい。だが新石切駅からは距離も近く、比較的平たんな道だ。

石切神社禰宜の北畠嘉順さん(43)は「石切駅に引き返す際に土産を買っていた参拝者が新石切駅へ通り抜けるようになり、商店街の集客に影響が出たと言われる」と説明する。

限られたスペースで営業できる(占いの館「豊八」の鈴木さん)

限られたスペースで営業できる(占いの館「豊八」の鈴木さん)

さらに参拝路の変化に対応し、神社から新石切駅の間には参道に面した店舗付きマンションが増加。そこにも占いの店が進出した。参道が「占いの道」として有名になり、店が店を呼ぶ循環が生まれた。地元不動産店で50年近く働く70代女性は「空き店舗が出るとすぐに占師から問い合わせがくる」と言い切る。

何と言っても占いは相談者との対面スペースだけで開業できる。石切参道商店街振興組合の山崎久司理事長(59)は「物件オーナーも1事業者に貸すより、間仕切りをして複数に貸す方が安定収入を得やすいと判断したのでは」とみる。

■恋や健康 運勢診断手広く

店と店の競争もさぞ激しいのでは。石切での占い歴23年で「占いサロン楽」を営む岩渕玉玲さん(80)は「石切では繁華街のようにいちげんさんの恋愛相談一本ではやっていけない。広く診断する力が必要」と話す。神社の参拝客は年代が幅広く、相談も家族や健康、経営など多様なのだ。

岩渕さんにも占ってもらうと「仕事はうまくいきそう」と出た。有頂天になっていると「家族仲に気をつけて」と忠告された。参道の変遷と同様、人生も山あり谷あり。石切さんに平穏を祈った。

(大阪・文化担当 西原幹喜)

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