2019年8月24日(土)

ネット統制強めるロシア(The Economist)

2019/3/13 2:00
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The Economist

1991年8月19日、ソ連の人々はテレビをつけて非常事態を悟った。どのチャンネルもクラシック音楽かバレエ「白鳥の湖」を繰り返し放映していたからだ。その数時間前、ゴルバチョフ大統領が保守派によるクーデターで監禁された。ソ連崩壊が始まる中、テレビ局の支配を巡っては激しい戦いが展開された。「クレムリン(大統領府)を掌握するにはテレビを掌握しなければならない」とゴルバチョフ氏の側近の一人は語った。

プーチン氏は、このことを心に留めていた。そのため大統領になった2000年以降、テレビ局を独占し、それをてこに統治を進めた。それは安定という幻想を生み、国外での戦争への国民の支持をあおるのに役立った。だがロシア政府が最も頼りにしてきたこの道具としての力は落ちている。ロシア専門家は長年、政治を「テレビと冷蔵庫(プロパガンダと経済)の争い」と説明していたが、そこにインターネットが加わった。独立系の世論調査機関レバダセンターによると、テレビを信用するロシア人の割合は09年以降、30ポイント下がり50%を割っているが、ネットを情報源として信頼する人は3倍の約25%に増えた。年配者は依然テレビから大半のニュースを知るが、18~24歳の多くは、今も比較的自由な状態にあるネットに頼る。

■ロシアでもネットでニュース見る人が急増

国営テレビを代表するニュース司会者のドミトリー・キセリョフ氏もネットの番組に登場せざるを得ないほど、ロシアではネットでニュースを見る人が増えている=AP

国営テレビを代表するニュース司会者のドミトリー・キセリョフ氏もネットの番組に登場せざるを得ないほど、ロシアではネットでニュースを見る人が増えている=AP

特に米グーグル傘下の動画投稿サイト「ユーチューブ」は国営テレビの独占を切り崩し、18~44歳の82%が視聴している。主力テレビ局「チャンネル1」を見る同年齢層の比率は83%で、今やビデオブログ作成者らはテレビの司会者に取って代わる存在だ。ユーチューブで活動するジャーナリストで、反政権指導者のアレクセイ・ナワルニー氏などの政治家や著名人に取材しているユーリ・ドゥド氏は、動画1本当たりの視聴回数が1000万~2000万回に達し、テレビのどのニュース番組をも大きく上回る。国営テレビのプロパガンダを代表するニュース司会者のドミトリー・キセリョフ氏もドゥド氏の「番組」に登場せざるを得なくなったほどだ。

ロシアでは、ユーチューブ上でニュースはDIY、音楽、ドラマに次ぐ第4の人気分野だ。ネット上で大きな政治的影響力を持つナワルニー氏もユーチューブにチャンネルを2つ持ち、その一つでニュース番組を毎日流している。この1年で同氏の視聴者は倍増し、チャンネル登録者数は250万人、月間ユニーク視聴者数は450万人に上る。彼の毎週のライブ配信は100万人近くが視聴している。

そのためロシア政府は今、ネットを統制する方法の模索に躍起だ。「政府はネットを何とかテレビのようにしたがっている」と、ロシアのネット事情に詳しい英ロンドン大学のグレゴリー・アスモロフ氏は話す。それには厳しい規制に加え、ネットのインフラとコンテンツの供給も支配する必要があると指摘する。

■プーチン氏がネット弾圧に動き出した理由

ロシア議会は2月、国内のネットを世界のネットワークから切り離せるようにする「デジタル主権」に関する法案を予備承認した。ネット上の反政府的な発信を犯罪として罰する方針だ。だが、ネットの統制は法律を複数作るだけでは足りない。2000年代初めまでに検閲システム「グレートファイアウオール」を築いた中国共産党とは異なり、ロシアのネットはコンテンツ面でもインフラ面でも自由で、数百の民間プロバイダーが存在する。ロシア政府は以前は脅威と認識せず、あのプーチン氏もネット規制には当初、反対していた。

だが2000年代末にはネットでの動きが実世界に影響するようになった。10年に山火事が多発すると、何千人ものボランティアが危機対応にクラウドソーシングのサイトを使った。アスモロフ氏は、この自主的な動きが一般市民に主体性の意識を芽生えさせ、同時に政府の落ち度も露呈させたと指摘する。1年後、ロシア政府が議会選挙を操作しようとした際は「ゴロス(声)」などのサイトから数千人ものボランティア選挙監視員が生まれ、横行する違反の記録にあたった。市民の抗議デモが発生するようになり、プーチン氏はサイトへのDoS攻撃(サービス妨害攻撃)や新たな規制、活動家の訴追など、オンラインでもオフラインでも弾圧に乗り出した。

同氏は14年には、ロシアのネット関連会社にサーバーを国内に移すよう求めた。禁止コンテンツを取り締まる「サイバーガード」の組織も立ち上げ、独立系のクラウドソーシングサイトを政府のサイトに置き換えてボランティア活動の骨抜きを図った。アスモロフ氏によると、透明性の向上を装うために選挙の投票所にウェブカメラまで設置したという。また、人員を投入し、トロール(荒らし行為)で交流サイト(SNS)を嘲りや扇動のメッセージであふれ返らせることもした。

ロシア政府は、国内の大手SNS「フコンタクテ(VK)」の共同創設者パベル・ドゥーロフ氏には、利用者の情報を連邦保安局(FSB)に提供するよう迫った。だが同氏が拒むと、政府に忠実な新興財閥で大手ネット企業メイルルーを所有するアリシェル・ウスマノフ氏にVKを売却させた。VKはポルノや海賊版コンテンツを見られることもあり、今もロシア最大のSNSだ。同氏は利用者情報をFSBに渡すことに抵抗がなく、それが一連の逮捕につながった。人権擁護団体アゴラによると、ロシア当局は15年以降、ネット上の違法行為を理由に1295人を刑事告訴し、143件の有罪判決を言い渡した。その多くにVKのページが関係している。

この強引なやり方は若いネット利用者の反発を招いた。そのため政府は、利用者を罰するのでなくプロバイダーへの統制を強めている。「デジタル主権」新法により、プロバイダーは単一の管制センターから操作できる監視装置の設置を義務づけられる。これで政府は、ネット上の情報を選別し、非常時には特定地域をネットから隔離したり、国内全体を切り離すこともできる。実際に最近、イングーシ共和国で反政府デモが発生した際に特定地域をネットから遮断できることを示した。

だが、中国の検閲システムをまねるのは難しいかもしれないと、「赤いウェブ」の著者でロシアのネット監視に詳しいアンドレイ・ソルダトフ氏は言う。ロシアは中国より世界のネットワークと一体化している。ヤンデックスなどの国内企業が国外にサーバーを持つ一方、グーグルなどの大手はロシア国内にサーバーを置く。さらに、ロシア国民はユーチューブなどのサイトに既になじんでいる。

ユーチューブやグーグルを禁じるのは技術的に可能だが、政治的猛反発を招く恐れがある。規制当局は昨年、ドゥーロフ氏が開発したメッセージアプリ「テレグラム」へのアクセスを遮断しようとした。メッセージの暗号解除を求めるFSBの要請を拒否したからだ。だがそれに伴い、テレグラムと同様に米アマゾン・ドット・コムとグーグルのサーバーに依拠するホテルや航空券の予約システムなど、多数のサービスがダウンする不測の事態が発生した。ここ数年で最大級の抗議デモが続発する結果にもなった。

■ロシア全土のネットの封鎖は1991年と同じ

ロシア政府は昨年、禁止サイトを検索結果から削除しなかったとして、グーグルに50万ルーブルの罰金を科した。同政府によるコンテンツ削除・遮断の要請件数はこの2年、急増している。「デジタル主権」法は、政府による支配力強化が狙いだ。「削除要請」戦術も効果を上げている。グーグルは透明性に関する最新報告書で、18年前半に同社がロシア政府からの削除要請の78%に応えたとしている。

だが、新法を全面的に適用するのはパソコン画面をハンマーでたたき割るようなものかもしれない。ロシア政府は、政治的危機が発生した際には、ネットを停止する手段を手にするだろうが、危機の発生を防ぐ策はほとんどない。

反政府派のメッセージの拡散を防ぐためにプラグを抜くことは、ある意味、何よりも強いメッセージとなる。1991年にネットはなかったが、テレビに「白鳥の湖」しか映らないのを見て、誰もが国が混乱に陥っていること知ったように、それは同じメッセージを発することになるからだ。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. March 9, 2019 All rights reserved.

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