2019年3月21日(木)

伊藤忠のデサントTOB成立 なぜ蜜月から敵対?

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2019/3/14 6:30 (2019/3/16 1:25更新)
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伊藤忠商事によるデサントへのTOB(株式公開買い付け)が成立しました。3月14日までの期限に買い付け予定株数(上限株数)の2倍の応募があり、伊藤忠はデサントへの出資比率を3割から4割に引き上げました。当初は蜜月だった両社が激しく敵対し、日本では異例の大企業同士の敵対的TOBにまで発展したのはなぜでしょうか。ビジュアル解説で経緯を振り返ります。

両社が手を組んだのは1964年です。日本国内で、ゴルフウエア「マンシングウェア」の共同販売を始めました。その後、デサントは2度の経営危機に直面します。マンシングウェアの過剰在庫(1984年)、当時売上高の4割を依存していた独アディダスとのライセンス解消(1998年)です。伊藤忠が2度とも再建を支援しています。1994年からは3代続けて伊藤忠出身者がデサント社長を務めました。両社で共同の事業会社を立ち上げ、蜜月時代は続きました。

ただ両社には微妙なビジネスのやり方の違いがありました。デサントによると、伊藤忠は自社の商流を生かしたビジネスを促す側面があったそうです。違いが顕在化し始めたのが2011年。伊藤忠から年150億円を仕入れて欲しいとの取引の要請があり「利益に反する」と感じたデサント側に不信感が芽生えました。

デサントは2年後の2013年に具体的な行動に出ます。伊藤忠出身の社長の退任と、石本雅敏社長の就任を取締役会で決定したのです。伊藤忠は石本社長の就任の事前の連絡がなかったとしています。

石本体制下でデサントは韓国事業を伸ばし売上高の約5割を占めるまでになりましたが、伊藤忠には韓国偏重と映っていました。TOBにつながる発端は2018年6月、伊藤忠の岡藤正広会長兼最高経営責任者(CEO)とデサントの石本社長の会談です。伊藤忠は2020年の夏季・東京、2022年の冬季・北京とアジアで五輪が続いて韓国以外でも商機が広がり、中国事業の拡大など戦略の転換を強く迫ったそうです。デサントは明確な答えを示さなかった、と伊藤忠は説明しています。

対立はさらに深まります。デサントは2018年8月、ワコールホールディングスと包括業務提携を結びました。これは緊急動議として取締役会での決定で、伊藤忠は自社出身の取締役に事前に通知されていなかったことを問題視しました。伊藤忠は18年夏からデサント株の買い増しを始めます。経営方針の見直しを呼びかけましたが「真摯な対応がない」(伊藤忠)ため資本の力で圧力をかけることにしたのです。経営の独立を守りたいデサントはその後、ファンドと組みMBO(経営陣が参加する買収)を検討していると伊藤忠に伝えます。伊藤忠はデサントが多額の負債を抱えるリスクがあるとみて、この案を却下します。

伊藤忠は1月31日、デサント株のTOBを発表しました。その時点の株価に5割のプレミアムをつけ、出資比率を経営の重要事項への拒否権がある4割に引き上げる計画です。これに対しデサントは2月7日、TOBへの反対を表明しました。TOBが始まってから、両社は4回にわたり次期社長や社外取締役などについて協議しましたが、食い違いが多く2月28日に打ち切りになりました。

両社は3月15日、TOBの成立を発表しました。伊藤忠は「多くの株主に賛同をいただき、深く感謝している」としたうえで、「今までの方針通り(デサントの)企業価値向上のために、まずは今後の(同社の)経営体制について早急に協議を行っていく」とのコメントを発表しました。デサントも「話し合いを再開したい」としています。両社は妥協点を探るべく再協議に臨むとしていますが、しこりは残り一筋縄ではいかなそうです。

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