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妻、我が家、家族旅行…、震災遺族の喪失感を疑似体験

小さな紙に書かれた「妻」「子ども」「船」の文字。男性がためらいながら破りちぎる――。震災で両親を亡くした語り部の体験談を聞きながら、紙に書いた大切な人やものを捨てていく「疑似喪失体験」プログラムの様子だ。

東日本大震災から11日で8年。会場となった宮城県南三陸町のホテルには被災者や震災遺族を支援する人など20人ほどが集まった。参加者には4色12枚の小さな紙が配られ、それぞれの「大切な人」「形のある大切なもの」「大切な思い出」「将来の夢や目標」を3枚ずつ書き込む。

「ばいばい、またね。それが母の笑顔を見た最後になってしまいました」。語り部の高橋匡美さん(53)が地震発生時や両親との思い出をゆっくりと話し始めた。自宅のある宮城県塩釜市から両親が住む実家の石巻市まで向かったこと。何とかたどり着いた市街地は泥や砂に埋もれ、生まれ故郷は跡形もなくなっていたこと。

語られるエピソードの合間に東北学院大学の金菱清教授(41)が「目の前にある大切な人やものとお別れをしなければなりません」と告げ、参加者が順番に紙を破っていく。「3人のこども」「生まれ育った我が家」「家族旅行」「絵本を出版」…。捨てるという葛藤と向き合う参加者。その手は戸惑いながらもゆっくりと紙を裂く。

高橋さんの話は変わり果てた両親との再会へと続いた。自宅で泥だらけで亡くなっていた母親。地震から2週間後、赤黒く変色した姿で遺体安置所に横たわる父親。そして紙は残りの1枚に。金菱教授は「両手で握りしめ、その人やものを思いながら破いてください」と促す。会場にはすすり泣く声が漏れ、意を決することができずに頭を抱える人の姿もあった。

「ただの紙切れのはずなのにお母さんとしか感じられず、なかなか破ることができなかった」。最後の1枚に母親と書いた星野真弓さん(47)は、涙ながらに破いた紙を財布の中にそっとしまった。「これほど過酷だとは思わなかった」と語ったのは、遺族の本当の気持ちのつらさを理解したいと参加した千葉道生さん(40)。「大切な存在を容赦なく奪われた人たちのつらさはこの程度ではないだろう」とも続けた。

体験プログラムは金菱教授が学生時代に受けた死生学の実習をヒントに考案した。約20年前の講義だが、今でも自身が体験したかのように鮮明な記憶として残る。風化する震災の記憶の継承にも生かせるのではないかと考えた。

もし自分だったら紙にいったい何を書くだろう。妻、子ども、両親。最後の1枚を破ることができるだろうか。過去には家族の声を聞きたくて電話をかけ始めた人や過呼吸で教室を出てしまった生徒もいたという。「災害という他人ごとを我がことにしてもらう」(金菱教授)のが狙いだが、さらには「大切なものは何なのか、いま一度自分自身で把握してほしい」。

(写真部 沢井慎也)

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東日本大震災から11年、復興・創生期間がほぼ終了した被災地。インフラ整備や原発、防災、そして地域に生きる人々の現在とこれからをテーマにした記事をお届けします。

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