和製ヘッジファンドの素顔 驚異の「勝率」の秘密は
駆ける投資家魂(1)

ヘッジファンド――。高度な取引手法を駆使し、どんな市場環境でもプラスの収益を目指す投資家だ。機関投資家や富裕層からお金を集めて運用する。堅い守秘義務があるため秘密のベールに包まれているイメージも漂う。どんな戦略で投資リターンを上げているのか。ある和製ヘッジファンドと、その経営者の素顔に迫った。
東証の隣にオフィス

株の街、東京都中央区の兜町。東京証券取引所のすぐ隣のビルに、日々、市場と対峙するヘッジファンドがいる。ハヤテインベストメントだ。
「では、始めましょう」。2月中旬、朝7時15分。創業者でファンド代表を務める杉原行洋(41)のひと言で、恒例の朝会がはじまった。国内の運用会社や証券大手から引き抜かれてきた3人のアナリストたちの表情が引き締まる。
有望株を掘り起こせ

中小型株で一体どこが有望なのか。市場がまだ気付いていない価値を掘り起こすための時間だ。「少人数での双方向のやり取りは、これまで経験がないほどに中身が濃い」。国内運用大手からハヤテに転じた高木知哉は話す。
ファンドマネジャー同士が社内で競い合い、負ければクビになるのが常識の業界で、チーム主義を掲げているのもハヤテの特徴だ。情報はすべて共有される。開かれた世界が結果として、投資にもプラスに働くとの思いがある。
この日、取り上げたのはジャスダック市場に上場する作業服チェーンのワークマンだった。作業服の製造で培ったノウハウを生かし、最近はスポーツやアウトドア衣料品に進出した。有名ブランドより格段に安い価格が好業績の原動力だ。
2017年末と比べて株価は2.4倍ほどになった。常識的に考えれば、今から投資するのは得策とはいえない。
アウトドアの「ユニクロ」に?

だが、杉原には仮説がある。ワークマンのプライベートブランド(PB)衣料の専門店「ワークマンプラス」の出店数は3月末時点で10店舗程度にとどまる見通し。これを大量出店したらどうなるか。
あるいはワークマンを傘下に持つベイシアグループが、傘下のショッピングセンターでこのPB衣料を取り扱うようになったとしたら。成長の次元が変わり、「アウトドアの『ユニクロ』になり得る」。
「あすのワークマンの決算発表が終わったら、速やかに会社訪問をしてください」。杉原はアナリストにアポ入れを指示した。
運用資産は200億円
ハヤテは杉原が05年に立ち上げた。運用資産は200億円弱。日本の個別企業の買いと空売りを組み合わせた投資戦略を採用してきた。空売りは株安にそなえたリスク回避が狙いで、どの企業の株式を買うかの選別が収益の源泉だ。

特筆すべきは年率で平均13%という投資リターンだ。運用を開始した06年3月を基点にすると、実に投資収益率は5倍近くになる。この間、東証株価指数(TOPIX)は16%高というから、その差は歴然としている。
18年には調査会社ユーリカヘッジから「ベスト・ジャパン・ヘッジファンド賞」に選ばれた。杉原の手腕への注目度は国内外で高まっている。
年間3000社超を訪問
ハヤテの特徴は徹底した企業調査にある。アナリスト1人あたり、1日4~5件の面談をこなす。年間で訪問する企業数は延べ3000社超にも及ぶ。数だけでいえば、日本の上場企業(約3650社)の大半を1年で回ってしまうようなボリュームだ。
「訪問数を少しでも減らせば、長期の投資リターンに響く」。人間のトレーダーでは太刀打ちできない、超高速取引(HFT)が市場を席巻する無機質な時代に、杉原は昔ながらの愚直な手法で挑み続けている。

投資対象とするのは、証券会社のアナリストがカバーしないような中小型株だ。時価総額が1兆円を超える東証上場企業には、平均11人のアナリストがいる。これが100億円未満になると0.19人しかいない。「アナリストのいない企業にこそ、埋もれた宝の原石がある」。杉原の投資哲学だ。
ジョージ・ソロスなど活躍
ヘッジファンドは、株価が下落したときでも損失を回避(ヘッジ)するポジションを組むなど、高度な運用が求められる。1990年代の英ポンド売りで巨額の利益を得たジョージ・ソロスなどが有名だ。

今では世界に約1万のファンドが存在し、運用資産は合計で約350兆円にのぼる。リターンの10~20%を顧客から成功報酬として受け取るケースが多い。だが、安定したリターンを出せなければ、わずか数年で閉鎖に追い込まれるという厳しい世界だ。
杉原はなぜ、こうした投資の世界に身を置く気になったのだろう。
小学生で証券口座開設
杉原は神戸の出身。小学校のとき、街を歩いていて金融機関の店頭に貼られた日本国債のポスターに関心を抱く。銀行や証券会社によって金利が違うのはなぜなのか。
1人で店頭に入って、窓口の女性に国債投資の仕組みを聞いた。迷うことなく、金利の高かった野村証券に口座を開いた。自分の貯金で投資すると、何もしなくてもお金が増えていく。金融の魅力にひき付けられた。
東京大学を卒業後に選んだのは、「最強投資銀行」とされた米ゴールドマン・サックスの日本法人だ。配属されたのは、花形だった株式のトレーディング部門。充実した日々だったが、入社2年目に人生の転機が訪れる。
伝説の男に誘われる
「君に会わせたい人がいる」。ゴールドマンの先輩に誘われて夕食に行くと、そこには「伝説の男」がいた。和製ヘッジファンド、タワー投資顧問の清原達郎。04年に推定100億円の報酬を得て、「高額納税者番付」で国内トップになった人物として知られる。
「ゴールドマンで一番生意気な若手を紹介してくれ」。清原が先輩にそう頼んでいたと後に知った。清原は会話の中で、杉原の思考回路を見極めようとしているようだった。そして3回目に会った麻布十番の焼肉屋で最後に言った。「いろんなビジネスを見たいんだろ。こっちで勝負しないか」
杉原は悩み抜いた末、タワー行きを決断する。当時のゴールドマンで、若手社員の花形部門からの転職は前代未聞の出来事だった。
入社したタワーでは1日20時間働くこともざらだった。清原のかたわらで、中小型の企業を自ら訪問し、誰も気付いていない会社の実像にたどり着く作業に没頭。濃密な時間を3年あまり過ごした。
シンガポールで立ち上げ

そして、多くの若手ファンドマネジャーと同じように、杉原もまた独り立ちを決意する。05年にハヤテを立ち上げ、本拠地は税率が低いうえ、ヘッジファンドの認知度が高いシンガポールに置いた。企業調査の拠点は東京に置き、シンガポールと行き来する日々を長年続けてきた。
杉原は実際にどんな視点で投資しているのだろうか。最近、これまで成功した投資の事例をまとめ、40程度の「勝利のレシピ」にまとめたという。
「勝利のレシピ」の数々
その一つが「カテゴリーキラーを探す」。インターネット通販の米アマゾン・ドット・コムが日本で普及しはじめたころ、時計などの嗜好品は専門サイトでも伸びる余地が多いと読んだ。そうして投資したのが、高級なカメラや時計を取り扱う電子商取引(EC)サイトのシュッピンだった。杉原の読みは当たり、売却時に大きな収益を得た。

「NCチャリチャリ銘柄」というのもある。NCは企業の手元資金から有利子負債を引いた「ネットキャッシュ」の意味。潤沢なキャッシュが流れ込む企業として、発掘したのがジャスダック上場の創通だ。
創通の財務状況を調べたところ、人気アニメ「機動戦士ガンダム」の版権を持ち、黙っていても年間10億~20億円がチャリン、チャリンと入ってくることを発見した。投資してから気長に待つと、12年にガンダムブームが再来。株価も急騰し、ハヤテに利益をもたらした。
本拠地を日本に移転
昨年には創業以来でもっとも大きな決断をした。創業してからシンガポールに置いてきた本拠地を東京に移したのだ。
日本を抜け出して税率の低いシンガポールや香港に転出するファンドは多いが、日本に舞い戻ってくるのは珍しい。ハヤテは高いリターンを上げてきたが、運用額は200億円弱とまだ小さく、営業はかねてからの課題だ。今後は日本の機関投資家を重点的に開拓していく狙いがある。
そして日本回帰の理由がもう一つある。「日本が世界の中でこれ以上地盤沈下していくことに耐えられなくなった」という。
携帯型の情報端末をいち早く手がけたシャープは、なぜ米アップルの「iPhone」になれなかったのか。ミクシィは交流サイトの先駆者だったのに、遅れてやってきた米フェイスブックが世界を席巻した。
リスクマネーの幹を太くする

杉原は日本が競争力を失ったのは、投資家側の責任も大きいと感じている。日本企業にリスクマネーを供給し、資本効率の改善を促しながら世界で戦える状態にする。その企業と投資家の対話を通じた協働こそが必要なのに、日本は年金基金も金融機関もリスクを取ってこなかった。
資金を回収できるかが重要な銀行融資の支配する間接金融では、企業の成長にドライブがかかりにくい。「リスクマネーの幹を太くして、世界で戦えるような日本企業とウィンウィンの関係を築きたい」。杉原は日本に本拠地を移した理由を語る。
証券業界の重鎮も支援

杉原の情熱に心を揺さぶられた重鎮がいる。日本投資顧問業協会の前会長、岩間陽一郎(現日興アセットマネジメント取締役会議長)だ。
17年ごろ、岩間は知人を通じて杉原に会った。抜群の運用成績もさることながら、「金もうけ主義とは一線を画した真摯な態度にひかれた」。国際金融都市の構想を掲げる東京都知事の小池百合子らとともに活動してきた岩間。「ハヤテのようなプレーヤーをもっと増やして、日本で運用の高度化を実現できたら」と望みをかける。
宴席はすべて断る
運用にすべての精力を注ぎ込む杉原は、実績を残した多くの投資家と同じく、ストイックな性格だ。取引のある金融機関から誘われる宴席などはすべて断っている。
唯一の息抜きと呼べるのは、週末に仲間とプレーするサッカーだ。無心にボールを追いかけ、思い切り汗をかく。運用が思うようにいかないときでも、「すごくリフレッシュできる」と表情を和ませる。
だが、18年は逆風に苦しめられた。米金融引き締めなどで危機モードが高まり、割安な中小型株が一斉に売られた。マネーの急速な巻き戻しに、割安株を拾うファンド勢が締め上げられた。
自動取引に対抗できるか
ハヤテも昨年は投資損益がマイナスになった。過去13年でマイナスになったのは、07年と18年の2回しかない。企業調査が機能しにくい市場の現実に、「無力感に支配された」と杉原は打ち明ける。
無人化する自動取引が主流になる市場で、愚直な企業調査が機能しにくくなっている可能性もゼロではない。

「もともと自分は臆病者。今も毎日悩み、胃だっていつも痛い」という杉原。ただ「過去10年で1度しか負けていないのなら、自分のやっていることは間違っていないはずだ」。自らにそう言い聞かせ、再び市場に挑んでいる。
埋もれた日本企業にリスクマネーを供給し、成長のギアチェンジを促す。そんな情熱を杉原はどこまで形にしていけるのか。その挑戦の行方は、日本の運用業界の競争力に直結する。
=敬称略、つづく
(川上穣)
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「投資の力で日本を変える」――。そんな闘志を燃やし、個性豊かな投資家たちが走り出した。リスクを覚悟でマネーを投じ、企業や社会を発展させる。こうした文化は日本でも根づくのか。驚異のリターンをたたき出すファンド経営者やカリスマ個人投資家らの挑戦の日々を、全5回で伝える。
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