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イチローは「見えない敵」とも戦っている

スポーツライター 丹羽政善

今年から米大リーグ、マリナーズの本拠地は「セーフコ・フィールド」から「Tモバイル・パーク」に名前が変わった。ちょうど昨年で命名権が切れ、現マリナーズ筆頭オーナーのジョン・スタントン氏が創業した携帯電話会社の現在の社名が、新たな球場名となった。

シアトルらしい小雨が降り続いた1月3日午前、そのTモバイル・パークでは菊池雄星の入団記者会見が行われていたが、くしくも同じ時間帯にイチローも同じTモバイル・パークにいて、練習をしていたという。

まさかあの瞬間、あの同じ場所で。

しかし、練習をしていたという事実に驚く人はいない。地元メディアの一人も「日本にいるはずなのにシアトルにいたらびっくりするけれど、シアトルにいるなら不思議はない」と話した。

その3週間後、マリナーズはイチローとマイナー契約を交わし、春のキャンプに招待選手として参加させることを発表した。時間の問題といわれていただけに、その点でも驚きはなかったが、発表はプレスリリース1枚。記者会見もなかった。

若手優先のチーム方針

たまたま同じ日、監督やゼネラルマネジャー(GM)らがキャンプ前の記者会見を行う予定だった。当然、イチローに関する質問も飛んだが、このときジェリー・ディポトGMは方針を明確にしている。

「今年は、若い選手にチャンスを与える」

若手を優先するチーム状況にあって、イチローは結果を残し続けるしかない=共同

その明確な意思表示は、キャンプインしてからも折にふれて実感させられる。

2月22日、イチローが2打席目にオープン戦初安打を放った。試合後、「さすが野手のいないところに打つのはうまい」と話したスコット・サービス監督だったが、こう続けた。

「ただ、何度も言っているように、うちのチームは若い選手にチャンスを与えていく」

たとえば、若い選手とイチローのどちらを起用するか。1年を終えたとき、イチローの方がいい成績を残すだろうと予想できたとしても、おそらく優先して使われるのは若い選手だろう。今のマリナーズでは。もちろん、マリナーズがプレーオフを狙えるチームであるなら話は変わってくる。しかしチームは、再建にかじを切った。プレーオフが視野に入るのは早くても2021年。今は、育成に主眼を置く。

サービス監督も板挟みである。勝たなくてもいいといわれても、本当に負けが込んでチームの雰囲気が悪くなれば、その責任を取らされる可能性がある。となると、勝てるベストなメンバーで戦いたい。しかし、ディポトGMからは、とにかく若手を使えとクギを刺されている。彼らがものになるかどうか見極めたい。

その一方で、2人はイチローに高い敬意を払っている。

ディポトGMが「マリナーズのレジェンド。これまで、フランチャイズに様々な形で貢献してくれた」と話せば、サービス監督も「存在そのものが若手の手本。代えがたい存在」と語る。

なら、イチローをロースター(メジャー出場選手登録の25人枠)に残してもいいのでは、と考えられるが、それはそれ、これはこれ――。

では、イチローに何かコントロールできることがあるのか。

それすら限定的だが、あるとすれば、結果を残し続けることか。今後、けがでもすれば、すぐに「やはり45歳だから」というレッテルを貼られる。

2月20日、ライブBPという実際の投手の球で目をならす練習でエースのフェリックス・ヘルナンデスの球を右足に受けて練習を途中で切り上げたイチローに対し、心配の声が出た裏にはそんな事情もある。だが、安打がなかなか出なければやはり、「衰えた」というレッテルを貼られる。以前なら、けがをしようが、オープン戦でノーヒットが続こうが、開幕には間に合わせるだろうと誰も気にしなかったが、その頃とは状況が異なる。

自分からアクション起こす

イチローもそれを意識しているよう。24日、1打席目に四球を選ぶと、すかさず二盗を試みた。まだキャンプ序盤。イチロー自身、「いや、全然進んでないです。いつも通り。この時期は進まないですよ」と話したが、あえて仕掛けたのはわけがあった。

イチローは2月24日のロッキーズ戦で二盗を試みた=共同

「なかったら、走らないでしょう。なくて走ることはない」

その先を言わせるのは、やぼだと言わんばかり。「意識して自分からアクションを起こそうと?」という問いには、短く答えた。

「そりゃ、そうでしょう」

全く無謀な挑戦をしているというわけではない。キャンプイン前日、中堅手のマレックス・スミスがオフの練習で右肘を痛めていることが発覚した。あと1~2週間はスローイングプログラムを回避する見込み。現状、東京での開幕戦には間に合わないとみられ、サービス監督もその見通しが現実的となったとき、「(右翼のミッチ・)ハニガーにセンターの練習をさせることを考えている」と話していた。

実際、3月1日のオープン戦からハニガーはセンターを守り始めた。スミスの欠場が続く限り、右翼は空席となる。

チームはまた、控え外野手・一塁手・指名打者のジェイ・ブルースと一塁手・指名打者のエドウィン・エンカーナシオンのトレードを試みている。ブルースがトレードされれば、控え外野手の枠が空く。エンカーナシオンがトレードされれば、ブルースが指名打者専任となるので、やはり控え外野手の枠が空く。まだまだ、開幕まで不確定要素は少なくない。

ただそこで「やはりイチローを」となるには、結果を出し続けておくしかない。今はちょっとしたことで、バイアスがかかる。

45歳なんだから、けがをしてもおかしくない。45歳だから、衰えてもおかしくない。それはもはや固定観念でしかないが、意外と保守的な大リーグでは今も幅を利かせる。転じて働くネガティブな期待こそが厄介だが、イチローはこう言った。

「安易な責任のない意見かな。そういうものを裏切りたいと思っています」

イチローは今、そんな見えない敵とも戦っている。

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