絹糸艶やか 交差する美 灰吹屋西田筆店の有馬人形筆(もっと関西)
ここに技あり

関西タイムライン
2019/3/4 11:30
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愛くるしい顔立ちをした豆粒ほどの人形と、京都の西陣で染め上げた色とりどりの絹糸。明るく、華やかな雰囲気に包まれた工房に「キュッ、キュッ」と糸車がきしむ音が心地よく響く。

日本最古の温泉の一つとされる有馬温泉(神戸市)。兵庫県の伝統的工芸品に指定される「有馬人形筆」は室町時代に起源があり、筆を持つと軸の頭から小さな人形が顔を出す。縁起物や土産物として古くから親しまれてきたが、職人たちの熟練の技が光るのは軸に絹糸を何重にも巻き付けて表現する模様だ。「灰吹屋西田筆店」は唯一の工房で、7代目夫婦の西田健一郎さん(72)と明子さん(73)が伝統を大切に受け継ぐ。

絹糸を筆軸にきつく巻き付け、色鮮やかな模様を生み出す

絹糸を筆軸にきつく巻き付け、色鮮やかな模様を生み出す

工程は全て手作業。左手で長さ17センチの軸を回しながら、右手で強く引っ張った絹糸を1.5センチの間隔で巻き付ける。端まで行ったら折り返し、糸の色を変えて同じ作業を繰り返すが、糸がたるむと表面に艶がでず、美しい模様の魅力が薄れる。根気と緻密さが求められる作業だけに、明子さんは「1日に5本程度を仕上げるのが限界」と話す。

基本の模様は2色の正方形を交互に配する「市松」や扇状の波を重ねた「青海波(せいがいは)」など4種類あるが、絹糸は20種類以上から2~8色を自由に選ぶ。同じ柄でも糸を1本取り換えるだけで風合いはがらっと変わる。「模様は無限にある。蓄積した模様のレパートリーと感性を頼りに、頭に浮かんだアイデアをどこまで作品に反映できるかが腕の見せどころ」と健一郎さん。基本の習得は半年、一人前になるには3年の修業が必要という。

石こうと小麦粉を混ぜて作る人形などを含めた工程は全部で4つ。1本ずつ丁寧に仕上げた作品の価格は一般的な中太筆(長さ24センチ)で3千円。書道だけでなく絵筆としても使えるほか、近年は訪日客らの間で筆軸の美しさが評判を呼び、インテリアとして買い求める人も増えている。

手間暇がかかる伝統工芸を取り巻く環境は厳しい。大正時代に4~5軒あった店は第2次大戦末期に次々と姿を消し、西田筆店のみが残った。2016年11月に起きた火災で工房兼店舗を焼失したが、「技術は燃えない」と再起し、18年1月に営業を再開。人形筆に魅せられて弟子入りした人らを含めて約10人が糸巻きや人形作りを分担して生産を維持している。

健一郎さんは「人形筆は有馬でしか手に入らない。その価値を大切にしたい」と力を込める。伝統を守りつつ付加価値をどうつけるか。最近は職人が定期的に集まり、絵柄に関する工夫やノウハウを共有する場を設けるなどして技に磨きをかけている。

大阪社会部 江口博文

写真 淡嶋健人

カメラマンひとこと 6畳ほどの作業場にあいさつをしながら入ったが、西田さんは顔を上げず手を動かし続けた。気むずかしい職人気質の方だろうか。緊張が走る。だが、作業が一段落すると優しい笑顔で迎えてくれた。イメージを伝え撮影に臨むと、ピシッと親指に食い込む糸のように、場は再び張り詰めた空気に。一瞬で集中力を高める姿に圧倒された。
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