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長岡京跡から貴族の邸宅 寝殿造りに似た配置

桓武天皇が造営した奈良時代末の都・長岡京(784~794年、京都市伏見区など)跡から、3棟の掘っ立て柱建物跡が見つかり、発掘会社の京都平安文化財が1日までに発表した。

奈良時代は正殿が最北にあり、それより南側に脇殿が並ぶ建物配置が一般的だったが、今回の建物は脇殿が正殿より北側に置かれており、平安京跡(京都市)で見つかった平安前期の邸宅跡と似ているという。この邸宅跡は寝殿造りの原型とも考えられている。

担当者は「寝殿造りにつながる可能性のある建物配置が、長岡京時代にも存在したことは大きな発見」と話している。

調査地は当時「左京三条三坊十六町」と呼ばれた区画の南西側。見つかった30以上の柱穴の跡から、正殿とみられる建物は南北両面にひさしがあり、東西約13.5メートル、南北約12メートル。その東側に、東脇殿とみられる、より小ぶりな建物2棟があり、大臣、副大臣級の貴族の邸宅だったと考えられるという。現地説明会は2日午後1時から。〔共同〕

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