三浦大知さん歌った「歌声の響」とは

2019/2/25 2:00
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天皇陛下の在位30年記念式典で、「歌声の響」を披露する三浦大知さん(左)(24日午後、東京都千代田区の国立劇場)=代表撮影

天皇陛下の在位30年記念式典で、「歌声の響」を披露する三浦大知さん(左)(24日午後、東京都千代田区の国立劇場)=代表撮影

東京都内で24日に開かれた政府主催の天皇陛下在位30年記念式典で、沖縄県出身の人気歌手、三浦大知さんが天皇陛下作詞、皇后さま作曲の「歌声の響」を歌った。この楽曲には両陛下の沖縄や元ハンセン病患者らへの思いが込められている。

だんじよかれよしの歌声の響 見送る笑顔目にど残る(ダンジュカリユシヌウタグイヌフィビチ ミウクルワレガウミニドゥヌクル)

天皇、皇后両陛下は皇太子夫妻時代の1975年、沖縄県を初訪問された。歌詞には、その際に国立ハンセン病療養所「沖縄愛楽園」(名護市)を訪ね、入所者らから沖縄の船出歌「だんじょかれよし」を歌って見送られた時の情景が表現されている。

天皇陛下の在位30年記念式典で、「歌声の響」を披露した三浦大知さん(左)(24日午後、東京都千代田区の国立劇場)=代表撮影

天皇陛下の在位30年記念式典で、「歌声の響」を披露した三浦大知さん(左)(24日午後、東京都千代田区の国立劇場)=代表撮影

もとになったのは、陛下が後日、同園に贈られた沖縄の伝統的な定型詩、琉歌だ。その歌に皇后さまが曲を付けられ、「歌声の響」が生まれた。現在も同園の入所者らに歌われているという。

ハンセン病は現在では予防や完治が可能な病気だが、かつては不治の病とされ、患者らは病気に加え、偏見による差別などに苦しんできた。両陛下はこうした人々に心を寄せ、これまで全国に14ある療養所すべての入所者と面会し、言葉を掛けられてきた。

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