2019年8月22日(木)
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「探求したいのは日本人像」 ドナルド・キーンさん死去

2019/2/24 10:59
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「日本人の家に掛かっているカレンダー、印象派の絵が印刷されたものが多いでしょう。日本には美しい絵がたくさんあるのに、なぜみんなモネ、ルノワールなのか、私とても残念に思っています」。都内の自宅で話を聞いたとき、そう言って少し寂しそうな表情を見せた。日本人が自国の文化に関心を持たなくなっている状況を、誰よりも憂えていた。

ドナルド・キーンさん

ドナルド・キーンさん

第2次大戦下の1940年、18歳で出合った「源氏物語」に魅了され、日本文学の世界に入っていったことはよく知られている。「『源氏』の中には戦争はなかった。私が生きている現実とは反対の美しい世界が広がっていたのです」。遠い国への憧れの背後には、仮借のない現実を忌避する心があったのだろう。

松尾芭蕉や近松門左衛門など近世文学を専門としたが、同時代を生きる作家とも親しく交わった。谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫、安部公房らが日本文学を代表する作家として世界で知られているのは、キーンさんが積極的に英語で紹介した功績だ。「日本の戦後文学は元禄時代の文学にも劣らない」と話していた。

80代で芭蕉が歩いた奥の細道をたどり、中尊寺を見たとき、初めて訪れたときの心の震えがもはやないことに気づいたという。「もう私の目は日本人と同じになったのでしょうね」と語っていた。

文学作品の中に古き良き日本の姿を見た人だけに、グローバル化した現代の日本社会への違和感をもらすこともあった。東京から歴史的建造物が姿を消すことについて「日本人は繊細な国民なのになぜ平気なのか」と嘆き、米国文学の影響を強く受けた村上春樹氏の小説には「興味がない」とにべもなかった。

「私が探究したいのは日本人像。日本人とはどういう人間なのかを知りたくて勉強してきたのです」と常々語っていたキーンさん。膨大な研究を積み上げたが、近寄りがたい大学者というイメージはない。謙虚で奥ゆかしい日本人。そんなたたずまいの人だった。(干場達矢)

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