2019年6月16日(日)

霞が関(東京・千代田) 壮大な官庁集中は白紙に
今昔まち話

コラム(社会)
2019/2/23 11:00
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日本経済新聞 電子版
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官庁街としてのイメージが強い霞が関だが、明治初期は外務省があった程度。大蔵省が大手町にあるなど、官庁は皇居周辺に分散していた。明治政府は官庁を皇居内に集める方針だったが、1873年に起きた皇居の火災などで頓挫する。

改めて官庁集中の機運が高まったのは1885年。主導したのは明治政府の重鎮、井上馨だ。当時の最優先課題は治外法権の撤廃と不平等条約の改正。近代的な西欧建築と官僚・司法制度をアピールする…

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