女性活躍だけじゃない 味の素、全社意識改革の理由

味の素が女性だけでなく、全社員が働きやすい会社を目指してダイバーシティー施策に取り組んでいる。女性管理職の登用にも積極的に取り組む。「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」を解消するための研修もその一環だ。今後は全社に展開していくという。前回の「16時半退社が定時 味の素は誰もが働きやすい会社に」に続いて、野坂千秋常務執行役員に取り組みの詳細を聞いた。
白河桃子さん(以下敬称略) アンコンシャスバイアス研修によって、技術系と事務系といった組織の壁も突破できる。素晴らしい変化ですね。今後も研修は続けていく予定ですか。
野坂千秋さん(以下敬称略) はい。さらに現場のグループ単位で受講できるよう、外部監修のもと、オリジナルのeラーニング教材も開発しているところです。社内の事情をより反映した研修になるよう、社内で講師を育成しようとしています。おそらく男性の講師のほうが多くなりそうです。

白河 男性が講師として前に立つ、というのは重要ですね。先ほども申し上げたように、主語が女性ではなく男性になることが、ダイバーシティーの肝だと思います。女性が前に立っただけで、「あー、女性活躍ね」とシャッターを下ろしてしまう人は少なくないので。
野坂 経営課題としての発信が重要だと思っています。一方で、女性により活躍してもらいたいというメッセージも強く発信しています。
白河 特に西井孝明社長が就任してから、女性活躍が本格化した印象がありますね。
野坂 はい。就任時に、西井は「日本で一番女性も活躍する企業にします」と宣言しています。新卒採用でも当社は「リケジョ人気ナンバーワン」で、もともと女性が多いメーカーです。全体の男女比は7:3ですが、研究所の女性比率は社内平均を上回っています。
ところが、基幹職(管理職)となると、その比率は9:1に。これはグローバルの味の素グループの中でも日本が突出して低く、17年度のマネジャーにおける女性比率はグループ全体で22%、アジアで36%、アメリカで30%、欧州・アフリカで28%なのに対し、日本は7%。日本の状況を象徴するように、味の素グループにおいても日本の女性活躍推進は一丁目一番地の課題になっています。この状況に、社長はじめ経営陣は危機感を抱いているんです。
白河 想像するに、社長ご自身の海外赴任経験も影響しているのではないでしょうか? 海外で見てきた風景と日本の風景があまりにも違うという実感を持っていらっしゃるのでは。
野坂 海外法人時代に撮った集合写真をスクリーンに投影して、女性をピンク色、男性をブルーに塗り分けて、「ほら、こんなに比率が高いんだよ」と見せられたことが何度かあります。社内の女性管理職はなんとか100人を超えましたが、営業や生産の部門にはまだまだ少なかったり、部門の偏りがあったりするので、より幅広い分野での活躍を進めることも課題です。

白河 特に地方の赴任が前提となる営業部門などは遅れがちなんでしょうか。業界にかかわらず女性の営業社員は勤続10年で10分の1にまで減ると言われています。
野坂 そうですね。これも日本の商習慣における課題をそのまま反映していると思うのですが、実はここにもアンコンシャスバイアスがあるのだと思います。「男性であれば単身赴任は受けやすい」というのも根拠のない思い込みですし、人それぞれに事情があるはずですから。採用・任用・評価の3つの面で仕組みを変えていかなければ実現できないこともある。「仕組み」と「意識」の改革、両方必要だと思います。
白河 商品力が強いメーカーにおいては、「変化しなくても生き残ってきた」という背景があり、だからこそ危機感を感じにくい。御社はまさにそういう会社だったと思うのですが、なぜここまで大掛かりな改革に取り組もうと、かじを切られたのでしょう?
野坂 やはり世界で戦えるグローバルな食品企業を目指す中では、日本だけで通用していたやり方を変えないといけない、という危機感が大きいと思います。西井は特にブラジル赴任時代に効率を重視した働き方に触れ、ショックを受けたようです。私も上海に赴任したときには、リポート先が明確で根回しなしで仕事が早く進む文化で働き、意識が大きく転換しました。
白河 世界に触れる実体験を持ち、「世界で戦うにはここまでやらなければいけない」とトップが認識したことが改革を推し進めているのですね。社内の女性たちは変化をどうとらえているのでしょうか。
野坂 現場の声から実感するのは、「お先に帰ります」が普通に言える空気がかなりできあがってきたようです。育児休業を取得する男性も増えてきました。今、20%くらいです。
白河 大きな変化ですね。
野坂 さらに言うと、毎日16時半には会社を出られるので男性社員も、「育休を取得しなくても十分に家事育児に参加できる」という声はよく聞きます。コアタイムなしフレックス制度を使って、16時半より前に帰ることもできますし、在宅勤務も週4回まで可能となれば、奥さんから「育休を取らなくても、何かあったときに家にいてくれたらいいわ」と言ってもらえるそうです。育児中の社員に限らず、「台風の日にはってでも出社する」という風景は見られなくなりました。
白河 「雨の日でも風の日でも、会社に行くことが尊い」というアンコンシャスバイアスも払拭できた。逆に、「16時半を過ぎても、もっと働きたい」という人はいないんですか。
野坂 年間で1800時間となるように繁閑に応じて調整していけばいいという仕組みにしています。 新製品開発前など、どうしても業務が重なる時期もありますから。でも、基本的には前倒しの働き方が進んできたと思います。会議は基本的に16時までに終了する時間で設定されますし、無駄をなくすためのペーパーレスも普及しています。ペーパーレスを推進することで、資料を印刷する時間だけでなく、保管や廃棄に要する時間まで付随して省けるようになるので、効果は大きいですね。

白河 育児中の女性社員が育休や時短の期間を早く切り上げるようになったというのは本当ですか。
野坂 はい。それは企業内保育所の設置および提携保育所を契約した効果が大きいですね。保育園の入園は基本的に4月ですから、年度途中で復帰したいという希望を持っていても春まで待たなければいけない事情がありました。入園までの期間を補える保育所を研究所もある川崎事業所敷地内に設置したことで、復帰のタイミングを確定できるようになりました。海外赴任の帯同から帰国する社員も同様に利用しています。本人の希望に合わせて、タイミングを逃さずにキャリアをつないでいく仕組みづくりが、個々の活躍に不可欠だと考えています。仕組みをしっかりつくることで、意識も変わっていきますから。
白河 キャリアをつなぐって、とても大事な言葉ですね。全体的に働き方改革が進んでいる御社ですが、他社との「働き方格差」も浮き彫りになってきませんか? 今、企業間での働き方改革進捗の差がものすごく開いてきていると感じているんです。例えば、味の素の社員と結婚した外部企業の社員が、御社のリソースにぶら下がるというような状況、起こっていませんか?
野坂 そういう懸念もあるので、外部企業の方と結婚する社員の式に呼ばれたときには、「そちらの会社さんもお願いします」とスピーチしています(笑)。
白河 会社が制度を整えた結果、「だったら君、全部できるでしょ」とパートナーが家事を丸投げするのでは本末転倒ですからね。
野坂 そうならないように、3年前から外部社員のパートナーさんも一緒に参加できる両立支援セミナーもやっています。外部講師から「いくら制度が整っていても、家庭内でワンオペ育児になっていたら仕事は2倍に増えただけ。サポートをしっかりやっていきましょう」と激励していただいています。
白河 それもまた、ありがちな思い込みを払拭する取り組みですね。他社の社員の意識改革まで行うというのは、素晴らしいと思います。
野坂 ダイバーシティーも働き方改革も、土台の根底にあるのは社員の「心身の健康」です。お客様に「食と健康」をうたう企業として新しい価値を提供し続けるためにも 、中で働く一人ひとりが心身共に健やかな状態で業務に集中できる環境づくりに全方位で取り組んでいかなければいけないと考えています。まだまだやるべきことはあるので、歩みを止めずに進んでいきます。
あとがき:女性活躍といっても、女性だけ集めて意識研修をして、不公平な環境をそのままに「頑張って」と言う企業がほとんどです。女性向けの講演の依頼を受けるたびに「女性が変わることではなく、周りが変わることが必要なのに」と違和感を持っていました。味の素はまさに「女性活躍の壁」を全体の働き方を変えることで取り払った、本気度の高いダイバーシティー企業です。定時を16時半にして給与はそのまま、ベアも1万円という改革は、まさに『昭和の働き方』からの転換を社員にメッセージしています。本気度の高い働き方改革とダイバーシティー施策でした。

(ライター 宮本恵理子)
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