2019年5月26日(日)

今日も走ろう(鏑木毅)

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早大を志望 無駄ではなかった2浪体験

2019/2/21 6:30
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今年も大学受験のシーズンが到来した。毎年この時期になると辛かったあのころを思い出す。

これまでの50年の人生で最も苦しかった1年を問われたら、大学受験の2浪目でしたと答えるだろう。当時、私は早稲田大学を目指していた。明治初頭の日本人の思想に大きな影響を与えた大隈重信の豪放磊落(らいらく)で波瀾(はらん)万丈な生き方に共感を覚えたのが一番。高校時代はけがで長距離選手として十分に活躍できなかったことから、大学では箱根駅伝を走りたいとの思いが募り、ほかの大学は全く頭になかった。

昨年、大学卒業後初めて母校を娘とともに訪れた

昨年、大学卒業後初めて母校を娘とともに訪れた

とはいえ、学業の成績はふるわず1回目の受験は不合格。浪人1年目は地元の予備校に通ったが成績は伸びず、2浪目は両親に無理を言って東京の予備校に通った。それでも思うような成績にはならなかった。親しかった友人は1浪でほぼ意中の大学に合格し、自分だけが取り残されてしまったという悲哀、今度もまた落ちるのではないかというプレッシャーにさいなまれた。

ライバルの頑張りを目にすると焦るため、夏以降は予備校にも通えなくなった。受験日が迫っても何も手につかず、下宿の部屋の天井を見つめながら「なぜ自分はこうもダメなのか」と自問し、気を紛らわすために哲学書や宗教書を読みあさり、現実逃避した生活をしていた。

幸いなんとか憧れの早稲田大学の門をくぐることができた。ただ入学後も苦労は続き、浪人時代のブランクを埋めたい一心で無理な練習を積んだ結果、再び腰の故障で箱根駅伝出場の夢はあえなくついえた。

大学を卒業しても、思い描いていた将来とはかけ離れた現実に直面し、人生を渡る上で特別なパスポートなどどこにもないと悟った。いつまでも2浪時代と同じく曲がりくねった道が続いた。そのためあれほど苦しい浪人時代を経て、自分は一体何を得たのだろうと自分を責めることもあった。大学には合格することができて、やればできるという自信は得たものの自分は結局不器用な生き方しかできないのだという劣等感も深く心に刻まれた。

「若い時の苦労は買ってでも」という言葉は、全く身にしみず大嫌いだった。病気やけが、さまざまな理由で意図しない時を過ごさざるを得ない人々はいる。そうした方々に比べれば私の苦しかった状況など、どうということもないだろう。ただ、多感な時期に体験した、あの八方ふさがりの追い詰められた日々はのちの生き方にも大きな影響を与えたように思う。

そんな私も人生の折り返しといわれる時間を生きて、ようやくあの一年の意義を理解できるようになってきた。少々物事がうまくいき、人からもてはやされるようになっても決しておごる気持ちにならず、逆にどん底の状況でもいつかはきっとうまくいくと思えるのは私の強みだ。そのような心の持ちようを身につけられたのはあの辛い2浪体験のおかげかもしれない。人生には人それぞれの道があり、そこに近道も回り道もない。そう思っていつの時代も懸命に努力していると後々どこかで役に立つ時がくる。

(プロトレイルランナー)

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