2019年8月25日(日)

潜入!「警備犬」訓練所 凶悪犯制圧や爆弾捜索

2019/2/11 6:30
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「警備犬」をご存じだろうか。捜査の現場で犯人を追跡したり、遺体を捜索したりする一般的な警察犬(鑑識犬)とは役割が異なる。出動するのは警備や災害の現場。凶悪犯を制圧し、爆発物を検知し、被災者の救助にあたる。

2019年は皇室の代替わりにともなう諸行事や20カ国・地域(G20)首脳会議、ラグビーワールドカップといった大型イベントが相次ぐ「警備イヤー」。活躍が期待される警備犬はどのような訓練を受け、一人前に育っていくのだろうか。警視庁の訓練施設に潜入した。

■いざ、秘密の施設へ――どんな訓練?

2018年12月、東京都内にある訓練所を訪れた。詳しい場所は「テロ対策のため公表していない」(警視庁警備部)。犬舎に隣接したグラウンドには、鉄パイプで組まれた足場やハシゴ、ジャンプで跳び越える障害物、チェーンで支えられたつり橋――。アスレチックのような設備が並んでいる。

最初の訓練は、銃を持った凶悪犯を制圧するケース。拳銃を手に「近づくな!」と叫ぶ犯人役に立ち向かうのは、オスのジャーマンシェパード、アラク(3歳)とアイヴァン(4歳)。鳴り響く銃声にひるむことなく、猛然と飛びかかり、サポーターを巻いた腕にかみつく。犯人役は犬を体ごと振り回して逃れようとするが、離れない。「最初の命令をした人がいいと言うまで、絶対にやめません」と語るのは、指導官である警備部警備2課の小松就正警部補(47)。サポーターを見せてもらうと、分厚い革地はボロボロになっていた。

次の訓練は屋内での爆発物捜索。使うのは、火薬のにおいを付けた小さな布だ。記者も布が大量に詰まった袋を開けて嗅いでみたが、においは感じられない。担当者がそれを、机、ソファ、配電盤、スーツケースと次々に仕込んでいく。これで終わり、と思いきや、ドアノブを取り外し始めた。えっ、そんなところまで? 「ドアを開けたら起爆するタイプのテロは多いですから。すべて実際の事件を想定しています」(小松警部補)

ウィル(2歳)が部屋に入り、ハンドラー(飼育士兼訓練士)の警察官と一緒に一つ一つ点検していく。室内のロッカーや机は、あちこち赤茶色に変色している。聞けば、繰り返し犬たちがにおいをかぐため、呼気などでだんだんさびてくるのだという。地道な訓練の蓄積がうかがえる。と、フンフン嗅ぎ回っていたウィルがその場に伏せた。爆発物を見つけた合図である。布を発見するたびにハンドラーは「よし、よし」と頭やあごをなで、すべて見つけ終わると大好きなおもちゃを与える。難しい訓練に成功した時には、思い切りほめるのがコツだという。

■被災地でも活躍――最新カメラも駆使

災害救助訓練の場は、グラウンドの裏に広がる雑木林。被災地を模しており、倒木やコンクリートの塊が転がっている。訓練場内に掘った縦穴、横穴にそれぞれ警察官が身を潜める。入り口はがれきや板で塞がれ、外から中の様子は見えない。

再びウィルが出動する。警備犬は、制圧や救助などの任務ごとに担当が分かれているのではなく、1頭が何役もこなすスーパー犬なのだ。救助訓練の際には、制圧訓練で着けていた革の首輪を外し、代わりに鈴が付いた首輪を巻く。「革の首輪は人をかむ時、鈴は人を捜す時」。犬たちは首輪によって任務を把握し、制圧から救助モードに自らを切り替える。

この日は朝から小雨模様だった。においが残りづらく難しいのでは……と見守っていると、ウィルがだんだん穴の方へと近づいていく。しばらくすると穴の近くをぐるぐる回り、「ここです!」と言うようにほえる。穴からはい出た警察官も思わず笑顔になる。

18年8月の西日本豪雨では、大きな被害が出た広島市安芸区に警視庁からウィルが派遣された。この現場では、犬の首に音声マイク付きのカメラを装着するシステムを初めて活用。ハンドラーは手元の端末機器で映像を見ることができるので、犬にしか近づけないような場所でも正確に把握できる。

■最初は目も合わせず――ハンドラーとの絆

もちろん警備犬が最初から難しい訓練をこなせるわけではない。民間の訓練所で「お座り」「伏せ」など基本動作を覚えた犬の中から生後半年~2歳くらいで警視庁に引き取られ、まずはベテランのハンドラーに育てられる。その後、担当のハンドラーが決まり、「相棒」としてともに訓練を積み、成長していく。犬の能力をどこまで引き出せるかは、ハンドラーの力量次第。指示のタイミングや声の出し方ひとつで、基本的な命令にすら反応しなかったり、ジャンプで失敗してしまったりすることもある。

犬は本来、高い場所を怖がり、火を見ればおびえる。だが警備犬は、ハンドラーと一緒にヘリコプターから降下したり、炎が上がる現場に飛び込んだりするスゴ技までこなすという。この日も、狭いコンクリートの塀に飛び乗ってその上を歩き、また、ハンドラーに抱えられて高い足場から地上に降りる訓練が行われていた。「どうやって、あんなことがやれるようになるんですか?」の質問には、犬との絆の強さをうかがわせるような答えがひと言。「訓練するんです」

訓練所に配属されて3年目という樋口めぐみ巡査長(29)はラブラドルレトリバーのベテラン犬、セブン(8歳)のハンドラー。「最初の訓練では、先輩警察官の指示には素早く動くのに、自分とは目も合わせず、言うことも聞かなかった」と話す。だがもともと犬が大好きで、警備犬の仕事に携わりたくて警視庁を希望したという樋口さん。訓練を重ねるたびにセブンとの信頼関係が深まり、検定試験に合格することができた。「テロ、災害の危険な現場にいつ出動するか分からない。日ごろから愛情を持って信じてあげれば、必ず成功すると思っている」

ハンドラーは仕事が終われば自宅に帰るし、良い成果を出すためにはしっかり休むことも大切だ。それでも当然、担当する犬のことがいつも気になる。「被災地などでは緊張も高まり、仕事も厳しい。でも、いつもと違って24時間、何日も犬といっしょにいることができる。それがうれしい」といった話も聞く。高齢になり、警備犬として引退した犬も、そのまま訓練所で暮らす。ハンドラーが最後まで世話をし、訓練も続けるのだという。

警備犬への思いを尋ねると、ハンドラーたちはきまって「警備犬は装備品ですから」と答える。警察署にあるロッカーや拳銃と同じ扱い、というわけである。だが犬たちに声をかけながら訓練に励むハンドラーの姿を見ていると、この言葉は自分に言い聞かせるためのものではないか、と思えてくる。警備の一翼を担う以上、要人の弾よけになることも、爆弾の探知で犠牲になることもありうる。愛情はわいても、仕事は仕事で厳しく一線を引く。その使命感が、「装備品」の言葉に込められているように感じた。

■配備は倍増――活躍の場は世界中に

警備犬が初めて導入されたのは1980年。企業爆破事件が相次いだのを受け、警視庁が羽田空港の警備を主な任務に4頭でスタートさせた。その後は千葉県、北海道を加えた3都道県の警察で運用されていたが、2018年には大阪、埼玉、愛知の3府県警にも拡大され、倍増した。

活躍の現場は国内だけではない。中国、インドネシア、メキシコ――。地震で被害を受けた各国に派遣され、救助にあたってきた。東日本大震災やニュージーランド地震に出動したハンドラー、村上四皇巡査部長(36)は「日の丸を背負って被災国に入った時には、感じたことのない重圧を覚えた」と振り返る。「結果はすべてハンドラー次第。つねに自分自身を省みるようにしている」という。

今後の展望について、警備2課の齊藤克佳警部(54)は「2019年は重要な警備が続き、テロの脅威も高まる。警備犬の俊敏性や嗅覚の高さを生かす警備が求められており、爆発物の捜索、凶悪犯人の制圧に向けた訓練に力を入れていく」と語る。

警視庁の元幹部によると、海外の被災地に出動した際、こんな場面があったという。日中の活動を終えて宿泊所に戻ると、一緒に日本から来ていた看護師たちが警備犬に会いにやってくる。頭や体をなで、話しかけ、笑顔で遊ぶ。治安状況も厳しい見知らぬ国で寝泊まりし、強い緊張のなか、言葉で言い表せないような過酷な現場で続く救助作業――。そうした人たちの心をほぐし、気持ちを和らげるのもまた、警備犬が持つ大きな力なのだろう。

(編集委員 坂口祐一、岩沢明信)

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