歴史学者・呉座勇一氏 「先見えず」中世と類似
平成って

2019/2/4 19:26
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「日本の歴史を振り返ると、『平成』は『中世』と一番近いかもしれない」。「応仁の乱」(中公新書)は、多くの人物の利害や思惑が絡み合って戦乱へと突入していく背景を詳細に描き、歴史書籍としては異例のヒットを記録した。

日本史研究者の呉座勇一さん 

「簡単に答えを求めようとする現代社会に、複雑な現実を理解することが大事なんだというメッセージが受け入れられた面はあるだろう」

武士が台頭し、鎌倉幕府を経て戦国時代へ向かう中世は、武士、朝廷、寺社勢力が入り乱れて覇権を争った。「先が見えず、つかみどころがない時代だった」という。

平成はバブル経済の絶頂期に幕開けし、その崩壊によるリストラの嵐、出口の見えない不況が続いた。その結果生じた経済格差は社会に「分断」をもたらした。自殺者は一時期3万人を超え、オウム真理教事件など無差別テロも起きた。

「戦争こそなかったが、何が起きるかわからない混沌とした雰囲気があった」と、2つの時代の類似性を独自の視点で捉える。

「例えば、土一揆は対権力というだけでなく、百姓という階層のなかの格差問題も背景だった。新しい学説では百姓が一致団結したのではなく、実はコミュニティーからつまはじきにされて居場所を失った人たちが暴れたといわれている」

困窮と孤独という悲観は「内に向かえば自殺、外に向かえば、秋葉原や(大阪教育大付属)池田小で起きたような無差別殺傷事件につながる」。

「応仁の乱の前後で宗教組織が勢力を伸ばした。不安な社会情勢のなか、来世の救済を約束して若者を中心に支持を集めて武装に走った」。こうした歴史からはオウム真理教事件を想起するという。

中世で「応永の平和」と呼ばれる時期がある。戦乱が比較的少なく、社会が安定した。その応永(1394~1428年)は約35年間続き、明治以前では最も長い。

「ほぼ平成と同じ期間だが、応永の平和は問題を先送りして、もめ事が起きないようにして保たれた。その矛盾が噴出したのが応仁の乱だとも言える」

新しい年号の時代が5月に始まる。少子化問題や国と地方に積み上がる借金。次の時代に引き継がれる負の遺産も多い。「今まで目をつぶってきた問題がどんな結末になるのか。悲観論者なので、少し心配している」

ござ・ゆういち 1980年、東京都生まれ。2003年東大文卒、同大大学院人文社会系研究科研究員などを経て15年、国際日本文化研究センター客員准教授、16年から同センター助教。
 中世の一揆の実像と虚像の関係などを研究。著書に「陰謀の日本中世史」など。
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