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100球制限の是非は? 新潟県高野連が投じた一石

スポーツライター 丹羽政善

昨年12月下旬、新潟県高校野球連盟が2019年の春季県大会限定ながら、1人の投手が1試合で投げられる球数を100球に制限すると発表した。これに対して日本高校野球連盟は、否定的とされる。2月20日の理事会で正式な見解が出る予定だが、どんな議論となるのか。

メンツや政治的な駆け引きをするのではなく、高校生を故障から守るために、一度専門家を交えて徹底的に検証しようという展開を期待するが果たして……。

2018年夏の全国高校野球選手権大会決勝戦で力投する金足農の吉田輝星=共同

話を進める前に現場の声を拾ってみると、ある高校の野球部部長はこんな意見だった。

「各校の指導者が独自に決めればいいと思います」

選手を守るという目的に異論はなくても、彼らの能力、特に高校生のレベルでは大きな幅がある。チーム事情もあり、それを一つの枠にはめること自体、無理があるのではないかという考え。

それを聞いて思い出した。今はもう改定されたようだが、昔、米国の運転免許証を取るとき、筆記テストに「運転を認められるのは、アルコール飲料何杯までか?」という有名な問題があった。

答えは1杯。ビールでもワインでも、1杯までなら飲んで運転してもいいですよ、が正解だった。しかしもちろん、個人差がある。さらに種類によってアルコールの度数も違う。

この話を日本の友人にするとだいたい笑うが、たとえば1年生と3年生とではまるで体格も異なる高校生全体に一律100球の制限を設けることも、同様にナンセンスではないか。

投球障害の予防をどう考えるか

かといって、このままでいいということではない。では、投球障害の予防をどう考えたらいいのか。

筑波大学の元硬式野球部部長で、野球医学を専門とする馬見塚(まみづか)尚孝さんは高校生を故障から守るため、「よき指導要領とそれを学ぶ仕組み」の導入を提唱する。馬見塚さんは高分解能MRI(磁気共鳴画像装置)診断研究やコーチング学、スポーツ工学など幅広い分野の知識をもとに今春、川崎市に「ベースボール&スポーツクリニック武蔵小杉」(仮称)を開業する予定で、同クリニック副院長でもある。

「近年、野球障害を予防し、パフォーマンスを高め、よき人材育成につながるサイエンスがどんどん進歩しています。試合での投球数制限以外にも、『投球障害リスクのペンタゴン(後述)』をはじめとする障害予防とパフォーマンスの両立法などの知識を含んだ指導要領を野球の連盟が作成し、その指導要領を指導者や選手、保護者が学ぶ仕組みも早期に考える必要があると思います」

「確かに短期的にはルール化したほうが早く選手を守れますので、その場合は試合での投球数と投球障害発症の関係を調査してエビデンスの質をあげたいところです。ほかにも、甲子園大会や地方大会での投手の投球数とその後の投球障害発症率調査や、甲子園に導入された『トラックマン』という動作分析システムなどを用いて、投球に伴う『疲労』を調べるのもよいでしょう。このような調査を行うことによって、より質の高い『根拠』が示せるのだと考えます」

(ベースボールクリニック誌「『野球医学』への招待」 第14回「甲子園での投球制限は是か非か?」に加筆修正)

その馬見塚先生によれば、障害発症のリスクを工学でいう「疲労」で考えると、次の5つの要因を考慮しなければならないとのこと。これを「投球障害リスクのペンタゴン」と命名している。

個体差 言い換えれば個人差ですが、180センチの選手と150センチの選手、骨の未熟な前思春期の選手と成長の終了した選手、柔軟性の高い選手と低い選手、既往歴のある選手とない選手では、同じ100球の投球でも肩や肘への影響にも差が出ます。この個体差を評価する方法として成長速度曲線の作成をはじめとする個人の評価を行い、それぞれにトレーニング法を設定するのがよいでしょう。

投球動作 これはフォームのことですが、特に肩、肘に負担が大きいコッキングフェーズ(グラブから球が離れ、踏み込んだ足が完全に接地するまで)での投球腕の動かし方や体幹との関係などによって、負担が異なります。けがをしにくいフォームとけがをしやすいフォームがあるということです。この投球動作を改善させるためには、「運動学習」という理論で「理想とする運動技術の把握」「真似(まね)ぶ」「コツやカンを習う」「量質転化」というステップを踏む必要がありますので、投球数を減らすという考えだけではリスクは減りません。

コンディショニング 疲労度や睡眠状態、栄養状態、柔軟性の状態など内的なコンディショニングに加え、気象条件やマウンドの状況などの外的なコンディショニングも考慮する必要があり、疲労した状態での投球は100球未満でもリスク要因となります。

投球強度 投球数を50球以内と制限しているにもかかわらず、肩や肘を痛めて選手がやってきます。多くの選手に共通しているのは「球数を減らす分、なるべく全力で投げている」ということです。工学分野では疲労を証明する「S-N曲線」という専門用語がありますが、これは投球数と投球強度の関係を説明するのに有効です。数は必ず強さを考慮しなければならないことを示しています。最近の大リーグの研究でも球速が速い選手ほど手術に至っていることが示されています。全力での遠投なども、選手の成熟度などを考慮して許容しなければなりません。

投球数 投球制限をすれば故障予防に有効な一方、外来には投球数を制限しているにもかかわらず肩や肘を壊して選手がきます。これは前述の投球強度や投球動作、コンディショニングの影響を考慮しなければならないことを示しています。実際の指導では投球数を増やすために投球強度を落としてもらうことやコンディショニングがよい状態で行うことなど、ほかの4つの要素のバランスを考えることを選手に伝えています。

なお、「投球障害リスクのペンタゴン」を具体的に図で示すと、以下のようになる。高校生の実例と長期選手育成という2つの例を示してもらった。

 図1の解説 高校生投手の動作習得期にペンタゴンを説明した一例。この投手は投球動作に課題があり(80点)、技術力向上のため多くの投球数(100点)を必要とすることが見込まれた。このため投球強度を低めに設定し(60点)、コンディショニングもあまり疲労のない程度に設定した(60点)。短期的には個体差は変わらない(80点)とした。
 次に投球動作が改善してきたため(60点)、実戦練習を行うことにした(実戦練習期)。実戦では投球数を少し減らし(80点)、投球強度を上げ(80点)、試合が近いためコンディショニングもやや悪化したと考える(80点)。さらに実際の試合では(試合期)、全力投球も必要となるため(100点)、投球数を減らし(60点)、コンディショニングは変わらず(80点)、さらに投球動作は改善していると評価した(60点)。
 逆に公式戦で勝ち進んで決勝戦までいくと、コンディショニングは悪化し(80点)、投球動作も崩れがちとなる(80点)。だが決勝戦では投球強度を落とすわけにもいかないため(100点)、結果として投球数を少なくした(40点)。
図2)投球障害のペンタゴン 長期選手育成
 図2の解説 小学生投手から高校生投手までの長期選手育成をペンタゴンで考えてみる。前思春期とは第2次性徴がまだ始まっていない段階で、肘には軟骨が多く故障しやすい。このため5つの要素をすべて40点と設定。これが思春期に入ると肘の成熟もかなり進み、投球動作も上手になり、投球数や投球強度、コンディショニングのレベルもやや上げられる。さらに成熟して成人期になると肘の成長軟骨も消失して大人の肘になり、すべての項目の点数を上げられるようになる。

「こうしたレーダーチャートを選手自身がつくることによって、選手は必要な知識を得ることが求められる。自己決定することで内発的動機づけも高まり、パフォーマンスとリスクの両立を学ぶことができるようになる」と馬見塚さん。

「指導者もさまざまな状態の選手に均一の負荷を与えなくても選手育成が可能となります」

結局、投球制限だけでは誤解を生みかねない。普段から投球練習を制限し、試合で疲労から投球フォームの肘が下がり始めているのに100球に達していないからと、監督も選手も問題ないと勘違いしたら、どうなるか。

前出の部長はこんなことを言っていた。

「100球制限がルール化されたら、100球までの過程を考え、その日どうやって100球に到達したのか、どうすればもっと効率的だったかを(選手は)考えるようになると思います。残りのスタミナをどう使うか、どのくらい力を入れて投げるか。時間や数が無制限だと、逆に考えるスピードが速くならないかなとも思うんです。相手打線、天候、球場、その日の自分、いろんなことを加味して100球をイメージするはずです」

それはひいては、将来にも生かされるかもしれないという。

「企業に当てはめれば、結局何かしらの締め切りにより動き、その時間内で最高のパフォーマンスを出さないといけない。その力は生徒には必要だと思います」

生徒はそこから学ぶこともあるということだが、もちろん、今回の投球制限はそれを意図したものではない。

ルール化の前に一度、状況を整理する必要がある。それを促すことになるなら、新潟県高校野球連盟が一石を投じたことは、大きな意味を持つ。

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