2019年8月19日(月)

あられ・人形の並び…文化に東西差 ひな祭り、京のこだわり(もっと関西)
とことんサーチ

関西タイムライン
2019/1/31 11:30
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女児の健やかな成長を祈るひな祭り。供え物として欠かせないのが「ひなあられ」だ。子供たちに人気のお菓子だが、関西と関東では味や形に違いがあるという。京都で作るひな人形も並び方や表情に関東とは異なる特徴がある。東西のひなまつりを調べてみた。

ひなあられの起源を知ろうと、全国和菓子協会(東京)に尋ねた。担当者の説明では、ひな祭りの成立よりも歴史が古いという。「ひな祭りは平安貴族の少女の人形遊びや、人形を海に流す厄よけなどが融合して、江戸中期以降に現在のような形になったとされる。ひなあられは平安期から、遊びの際の携帯食として用いられていた」と話す。

もち米が原料

関西のひなあられのトップメーカー「とよす」(大阪府池田市)は1960年ごろ、他社に先駆けてひなあられを商品化した。「関西のひなあられはもち米が原料。見た目や食感は、おかきを小さくした感じ」といい、直径は1センチ程度で、しょうゆや塩味が好まれる。(1)もち米を蒸してつく(2)冷却、乾燥する(3)細かく切り、焼いて膨らませる――という工程で、5日以上かかってできあがる。

一方、関東のひなあられはうるち米を原料とし、米粒大。膨らませたポン菓子を砂糖で甘くしたものだ。

このような違いがうまれたのはなぜだろうか。全国米菓工業組合浪花支部(大阪市)の八木剛さんは江戸の食糧事情が原因ではないかと分析する。「ひな祭りの普及とともに、京都で食されていたひなあられが江戸にも伝わった。当時の関東周辺では原料となるもち米が不足していたため、うるち米を膨らませた菓子で代用したのではないか」との見立てだ。もち米よりもうるち米のほうが安価で、製造コストも安くできる。

ひな人形の並び方も、京都は他の地域と異なる。1808年創業のひな人形店「田中彌」(京都市下京区)では、全商品で男びなは女びなの左側(向かって右側)に置かれていた。8代目店主の田中太郎さんは「創業当時からひな人形の配置は同じ」と話す。

一方、人形店が連なる大阪市中央区松屋町の商店街を訪ねると、男びなと女びなの並びが京都とは逆だ。三木直商店の三木啓二社長は「このあたりは玩具などの問屋が多く、人形の小売りを始めたのは1950年代。すでに関東を中心に男びなを右側に置く文化が根付いており、流通先に合わせた」と解説してくれた。

ひな人形の歴史に詳しい大妻女子大の是沢博昭准教授によると、京都と関東で配置が異なるのは大正天皇の即位が関係しているとの説が有力だ。古くから日本では中国の影響を受け、左が右よりも格上とされてきた。だが、大正天皇の即位後では西欧流の国際儀礼に基づき、それまでとは逆に大正天皇が右側、貞明皇后が左側に立った。

反発の名残か

是沢准教授は「27年に始まった人形文化の日米交流を機に、ひな人形が国際的に注目されると考えた日本側が天皇、皇后の並び位置に倣って飾り方を統一した」と説明。京都で男びなを左側に置くのは「関東を拠点とする人形の卸商組合が一方的に決定したため、京都の人形作家らが反発した名残ではないか」とみる。

田中彌の田中さんは「目にも違いがある」と教えてくれた。京都の人形は関東よりも目が細い。京都では平安時代の巻物に描かれる切れ長の目が人形作りの模範という。関東などでは温和な様子を感じさせる大きめの目が人気のようだ。

ほかにもひな祭りの地域差はあるのだろうか。兵庫県加古川市の人形店「陣屋」の和田晃昌社長は「関東では立春から3月3日、関西では3月~4月3日に飾ってください」と話す。「関西は旧暦にあわせる傾向が強い」からだ。

子供の健康を願う気持ちは東も西も変わらない。地域の違いに着目すれば、ひな祭りの楽しみが広がるかもしれない。

(大阪社会部 安田龍也)

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