街ごとに個性 創作の源 作家 森見登美彦さん(もっと関西)
私のかんさい

関西タイムライン
2019/1/29 11:30
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 ■現実と幻想が入り交じる独特の世界観の小説で人気を集める森見登美彦さん(40)。奈良県生駒市で生まれ、幼少期は大阪府茨木市で育った。学生時代を過ごした京都は、多くの物語の舞台となっている。

 もりみ・とみひこ 1979年奈良県生駒市生まれ。2005年、京都大院農学研究科修了。03年「太陽の塔」が日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。07年「夜は短し歩けよ乙女」で山本周五郎賞。同作と「夜行」「熱帯」は直木賞候補になった。

もりみ・とみひこ 1979年奈良県生駒市生まれ。2005年、京都大院農学研究科修了。03年「太陽の塔」が日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。07年「夜は短し歩けよ乙女」で山本周五郎賞。同作と「夜行」「熱帯」は直木賞候補になった。

幼稚園から小学4年まで暮らした茨木市のマンションは、万博記念公園の近所だった。休日は弁当を持って一日中遊んだ。気になる存在だったのが太陽の塔。「一体何なんだ」といつも不思議に思い眺めていた。

物語を初めて書いたのは小学3年生のとき。母の作ったマドレーヌが冒険の旅に出る紙芝居だ。それから両親が原稿用紙を買い与えてくれるようになり、お話を作るのに夢中になった。

大学は父の出身校である京都大にあこがれ、農学部に進学。4畳半の部屋に住み、ライフル射撃部に所属した。京大の中でも特に変わった人が多いクラブだった。その友達を笑わせようと、部室にあったノートに「あいつがこんなバカなことをした」みたいなバカ話を書き付けていた。

 ■押しも押されもせぬ人気小説家だが、学業の挫折、作家としての自信喪失と2度の危機を経験した。

学部4回生のとき、厳しい研究室に配属された。全くついていけず、1カ月で登校拒否になり1年間休学。研究にも興味が湧かないし、小説家にも憧れていたがまさかなれるとは思っていなかったので、かなり不安な日々を過ごした。次の年、公務員試験を受けてみたが、結果は不合格。なんとか大学院試験には通り、別の研究室に入れてもらえることになった。

学部生最後の半年間が小説を書く最後のチャンスと思い、部活の友人とのバカ話を半ばやけくそで作品にした。デビュー作の「太陽の塔」(2003年)だ。太陽の塔は、学生時代にも何度も眺めに行っていた。今振り返ると、太陽の塔を見上げて不思議がっていた子供の頃の感覚が、不思議な世界を創作する自分の原点だったのだろう。

小学生のころ、休日は万博記念公園で遊んだ(中央が森見さん)

小学生のころ、休日は万博記念公園で遊んだ(中央が森見さん)

大学院修了後、国立国会図書館に就職し、京都府精華町の関西館に勤めながら連載を持った。「夜は短し歩けよ乙女」(06年)はベストセラーになったが、一番驚いたのは私。中村佑介さんのおしゃれな装画のおかげで読者が広がった。

09年に同図書館の東京本館に異動したが作家活動が忙しくなり、翌年退職して専業作家となった。しかし連載が4、5本並行し、一つ遅れると玉突き事故を起こす状態。11年、その状況に耐えられなくなり体調を崩し、全連載を投げ出し実家のある奈良に帰った。「作家として終わった」と絶望した一方、久々にのんびりした気分にもなれた。

 ■昨年、500ページを超える長編小説「熱帯」を刊行。奈良に戻った際に抱えていた連載を全て単行本化した。奈良に住み、京都にも拠点を構え、たまに大阪に出掛けるトライアングル生活により「自分のペースで仕事ができるようになった」という。

生駒山が見える場所に住みたいと、奈良市に居を構えた。なだらかに連なる山を眺めていると天気や季節の変化を敏感に感じる。のんびりしすぎて、浮世離れしてしまう感覚も……。そんなとき大阪に行くと、人間のエネルギーを感じる。

小説の舞台にすることが多いため、京都にも拠点を置く。週に1、2日はそこで本を読んだり、人と会ったりする。京都は歴史と現代が地続きの感覚がある。歩き回って目に付いたものから物語の妄想が膨らむ。読者も「不思議なことが起こりそうな街だ」と思ってくれる。関西は街の個性がはっきりしているのが面白い。奈良は観光のアピールが下手と言われるが、隙があるのがいいところ。互いにまねせず、個性を貫いてもらいたい。

「熱帯」は小説についての小説。奈良に戻った時の悩みを吹っ切りたい思いで書いたが、想像以上に変な作品になった。いまだに不安はあるが、「そんなものかな」とも思っている。

(聞き手は大阪・文化担当 西原幹喜)

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