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「これまでの30年」とは(大機小機)

ことしまでの30年間は、歴史のうえで重要な意味を持つ時代区分となるのではないだろうか。

1989年11月にベルリンの壁が崩れ、同年12月には米ソのトップによるマルタ会談が行われた。この場で、米ソ首脳による冷戦終結が宣言されたのである。当時、これで「平和の配当」がもたらすバラ色の時代がやってくるとみられた。

実際、米国ではIT(情報技術)革新による生産性の上昇で「ニュー・エコノミーの時代」に入ったと考えられた。2001年には中国が世界貿易機関(WTO)に加盟し、世界経済は貿易を中心に順調に拡大した。

ところがその後、市場経済の行き過ぎが目立つようになった。ここ数年は先進国において所得格差が顕在化し、政治が不安定になってきている。同時に、米国などでは保護主義が台頭し始めた。しばらく減少していた主要国の軍事費も中国を中心に増加に転じ、冷戦時代を上回ってきているという。ひとつの時代が終わりつつあるとみるべきではないか。

89年は中国で天安門事件が発生した年でもある。これによって先進国から経済制裁を受けた中国は、改革・開放政策を一段と強化し、高成長経済を構築した。10%以上も珍しくない高い実質経済成長率を維持し続け、世界で2番目の経済大国となった。

しかし、10年を境に、中国政府によると「新常態の経済」に移行した。国家統計局は先日、18年の実質経済成長率が6.6%と28年ぶりの低成長だったと発表した。明らかに勃興から安定へ、ひとつの循環が完了したのであろう。

そして日本。89年に昭和が終わった。バブル経済が天井に突き当たり、18歳人口もピークを迎えようとしていた。

その後の30年。4月末には平成も終わる。この間、日本はバラ色の時代を一度も経験しなかった。高齢化に拍車がかかり、財政が悪化し続けた時代だった。ただ、欧米諸国ほど格差は拡大せず、おおむね安定した時代だったともいえるのではないか。

問題は「これまでの30年」のあと、である。経済も政治も相互依存関係を強化し、互いが互いを必要とする仕組みを構築するために知恵を出し合うしかあるまい。日本も労働市場を含め対外開放を一段と進めるべきだ。

(一直)

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