2019年9月19日(木)

真珠貝移民の歴史知って 本州最南端、和歌山・串本

2019/1/26 11:12
保存
共有
印刷
その他

本州最南端の和歌山県串本町にある小さな無料休憩所が好評だ。オープンから4年半で約35万人が訪問した。1870年以降、同町の多くの若者がオーストラリア北部のアラフラ海で高級ボタンの材料となる真珠貝の採取に従事した歴史があり、休憩所には当時使われた潜水具などを展示。海を越えた意外な移民史が人々をひきつけている。

潜水用ヘルメットなどが展示されている「潮風の休憩所」(和歌山県串本町)=共同

潜水用ヘルメットなどが展示されている「潮風の休憩所」(和歌山県串本町)=共同

太平洋を望む潮岬に、2014年7月に完成した「潮風の休憩所」。その一角に、真ちゅう製の潜水用ヘルメットや巨大な潜水服、羅針盤、大漁旗など100点以上を展示したガラスケースが置かれている。神戸市から妻と訪れた60代の自営業の男性は「潜水で生計を立てていたとは。知られざる歴史で興味深い」と話した。

背後に山地が迫る和歌山県南部は農地に乏しく、明治時代から海を渡る"真珠貝移民"が相次いだ。

アラフラ海の漁の拠点である木曜島(サーズデー島)には1880年代に串本町から大勢の若者が移住し、90年代初めには島の日本人が500人以上に。半数は串本町など和歌山県出身者で、日本人街もできた。

本州最南端の潮岬に立つ「潮風の休憩所」(和歌山県串本町)=共同

本州最南端の潮岬に立つ「潮風の休憩所」(和歌山県串本町)=共同

串本町の郷土史家、尾鼻悟さん(75)は「海に慣れ親しみ、潜るのを苦にしない町民の資質が影響したのではないか」とみる。

真珠貝の採取は戦後も続いたが、乱獲による水揚げ量の減少やプラスチック製ボタンの普及で衰退し、1960年代初頭には廃れてしまった。

水深約50メートルの海底で長時間にわたる過酷な作業だったため、戦前の木曜島だけでも約800人の日本人が潜水病などで死亡。うち約160人が串本町出身者だったという。尾鼻さんは「埋もれた歴史を、この休憩所で知ってもらえれば」と話した。〔共同〕

保存
共有
印刷
その他

関連キーワード

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報

新しい日経電子版のお知らせ

より使いやすく、よりビジュアルに!日経電子版はデザインやページ構成を全面的に見直します。まず新たなトップページをご覧いただけます。

※もとの電子版にもすぐ戻れます。