2019年3月23日(土)

華麗なる一族 英国流首相の系譜
ワルぶる閣下~その虚実 麻生太郎物語(2)

麻生太郎物語
コラム(経済・政治)
政治
(1/2ページ)
2019/2/4 2:01 (2019/2/5 2:00更新)
情報元
日本経済新聞 電子版
保存
共有
その他

1月24日夜、東京駅八重洲口。新幹線を降り、人混みのなかを足早に車寄せへと向かう副総理・財務相、麻生太郎の姿があった。

目深にかぶられたハット、体にフィットしたコート、シャープな折り目のパンツ――。遠目にみても一分の隙もない英国風ファッションだ。

■和製チャーチルへの憧憬

麻生の着こなしは、国際会議の場でも海外メディアに「マフィアファッション」と評判となってきた。実は麻生にとってファッションは単なるおしゃれではない。祖父であり、元首相である吉田茂への憧憬のあらわれだ。

第2次世界大戦後の混乱期に首相を務めた吉田は、日本の復興への道筋を切り開いた。1951年にはサンフランシスコ講和条約に調印し、米国とは日米安保条約も結んだ。首相引退後は神奈川県の大磯に暮らしたが、政財界の要人の来訪は引きも切らず、日本の長老として影響力を持ち続けた。自他ともに認める「英国かぶれ」で、愛飲した葉巻姿や迫力ある容貌から「和製チャーチル」とも呼ばれている。

麻生は、首相の安倍晋三が折に触れて祖父である岸信介の回顧録を愛読するのとは違い、吉田の著書を読み返すわけではない。かわりに生活スタイルやファッションを通じ、吉田の精神や人生哲学を受け継いでいる。吉田は50歳でハットをかぶり、60歳でステッキを持ち始めた。麻生は「平均寿命は当時より延びた」などと言いながら、20年ずらして70歳からハットをかぶるようになった。

■ベルトは使わず、裾には重り

スーツやコートも英国風のトラディショナルなスタイルだ。北青山にある「テーラー森脇」で数カ月に1度の頻度でスーツを仕立てる。パンツの美しいラインが保たれるよう、ベルトは使わず、裾にはおもりを入れるこだわりようだ。もちろんスーツが似合う体形を保つ努力も欠かしておらず、学生時代からほとんどサイズは変わっていない。

引退後の吉田茂

引退後の吉田茂

英国流のたしなみは、外交官時代に駐英大使を務めた吉田からの直伝だ。学習院大を卒業した麻生は当初、米国西海岸に留学した、しかし、1年ほどたった1964年、マッカーサーの国葬に参列するため訪米した吉田のもとを訪れると、客室係と話す麻生の英語を聞いた吉田は「なんだ、そのしゃべり方は。…

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報