2019年5月26日(日)

臨床試験改革の「特効薬」 AIに集まる期待

CBインサイツ
コラム(テクノロジー)
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2019/1/28 2:00
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■生体センサー+AI

台頭しつつあるトレンドの一つが、生体センサーとAIの融合だ。モニタリング端末やセンサーを自社で開発し、これにデータ解析用の機械学習を搭載するスタートアップもあれば、AIソフトウエアの開発に専念し、他社製の自宅用モニタリング端末に対応させるスタートアップもある。

イスラエルのContinUse Biometrics(コンティニューズ・バイオメトリクス)は独自のセンサー技術を開発。治験期間中に測定する心拍数や血糖値、血圧など20以上の指標をモニターし、AIを使って異常を検知するサービスを提供する。同社は18年1~3月期のシリーズBラウンドで2000万ドルを調達した。

シンガポールのBiofourmis(バイオフォーミス)はFDAの承認を得た自宅用モニタリング端末からデータを引き出し、患者の健康状態を予測するAI解析エンジンの開発を進めている。

治験分野でのAIとIoTの活用により、患者の心理的・肉体的変化をリアルタイムかつ継続的にモニタリングし、病院などでの検診のコストや頻度、労力を軽減できる可能性がある。

■アップルがもたらす治験革命

治験の合理化に取り組むスタートアップにとって最大の参入障壁はテクノロジーが比較的新しく、業界での導入がなかなか進まない点だ。

一方、アップルのようなIT大手は、医療分野のイニシアチブにパートナーを取り込むことに成功している。同社はすでにこの分野の情報の流れを円滑化する対策を講じ、研究者がアップルのAPIを使ってAIシステムを構築できるようにしている。

アップルは特に、iPhoneとアップルウォッチを軸にした治験エコシステムを築きつつある。

AI活用の要はデータだ。アップルはこの2つの製品を通じ、従来は簡単に入手できなかった患者の健康データを2つの方法で研究者に提供している。

■ビッグデータに代わるデータの流れ

アップルは15年、治験での患者集めや、患者の健康状態の遠隔モニタリングを支える2つのオープンソースの枠組み「リサーチャーキット」「ケアキット」をスタートした。

これにより、研究者や開発者は日常生活をモニターできる医療アプリを開発できるようになった。

例えば、米デューク大学の研究者はアプリ「オーティズム(自閉症)・アンド・ビヨンド」を開発。iPhoneの前面カメラと顔認識アルゴリズムを使い、自閉症の子どもを早期発見する。

同様に、自分のデータを研究コミュニティー全体に共有することに同意したパーキンソン病患者を対象に、指先でのタッピングや歩行分析などのエクササイズから患者の状態を調べるアプリ「エムパワー」は、1万人近くの患者に使われている。スマホで集めたこのデータを機械学習で処理し、患者の重症度スコアを作成するアンドロイド端末向けアプリ「ホプキンスPD」などのバリエーションもある。

■電子健康記録の共有を巡る改革

アップルは「ヘルス」アプリに参加する病院やクリニックから、iPhoneユーザーが自分の電子健康記録を入手できるようにした。この「ヘルスレコード」APIは、AIスタートアップの米Gliimpse(グリンプス)が16年にアップルに買収される前に手掛けていた機能を拡張したものだ。

すでに閉鎖されているグリンプスのウェブサイトの情報によると、同社の「中核技術は、医療文書をデータに変換し、検索できるようにしたり、重要なグラフやダッシュボードを作成したりすること」だという。これはアップルのヘルスレコード機能――アレルギーや健康状態、予防接種、健診結果、服薬、治療、バイタルなど必要なあらゆる情報が見つかる使い勝手の良いインターフェース――にぴったりだ。

アップルは互換性の問題を解決するため、米Cerner(サーナー)や米Epic(エピック)など電子健康記録を扱う企業とも提携した。こうした企業が患者生成データをアップルのソフトウエアに集約したくなるような双方向のデータフローを実現することが、提携の最終目標だ。

アップルは今や新しい医療データエコシステムの中核に位置し、これまで入手できなかった日常的なデータを提供する一方、断片的になりがちな電子健康記録の収集に励んでいる。

病気の早期診断や、医薬品設計の判断の支援、研究に最適な患者集め、そして治験期間を通じて患者の健康状態を遠隔モニタリングするためにAIと機械学習を活用する点に関しては、可能性は無限といえる。

この分野でアップルのライバルになる可能性があるのは米グーグルだ。グーグルの「プロジェクト・ベースライン」は患者1万人の日常生活を5年間モニタリングする目標を掲げており、いずれ臨床試験にメリットをもたらすことになりそうだ。

多くの臨床試験では実験群(治験薬を服用している患者)と対照群(偽薬を服用している患者)が設定される。対照群を設けるのは、実験群の症状と比較する基準にするためだ。患者はどちらの薬を服用しているか知らない場合が多い。

プロジェクト・ベースラインが収集しているような患者生成データは、対照群を不要にする可能性がある。対照群から収集する必要があるデータを提供し、被験者を集めるという難題も緩和してくれるからだ。ただし、このプロジェクトはまだ発足したばかりで、こうしたメリットを享受できるのは数年先になるだろう。

■AIだけが特効薬にあらず

医療業界はいち早くAIを導入し、AIを活用した診断や電子健康記録からの情報抽出など、幅広い使い方を試している。

特にAIソフトウエアを使った創薬は本格化し、メルクと米Atomwise(アトムワイズ)、英グラクソ・スミスクライン(GSK)と米Insilico Medicine(インシリコ・メディシン)など製薬大手とスタートアップの提携が誕生している。

だが、治験分野でのAI活用はまだ始まったばかりだ。

医療の他の分野と比べると、治験分野では顧客を直接対象にしているスタートアップは少ない。しかも治験の多くの面では、AIよりもデジタル化の方が急務だ。

前述したように、多くの治験はいまだに紙の日誌からデータを収集している。こうした日誌は検索が難しい形式でデジタル保管されていることが多く、手書きのカルテは自然言語処理を使った情報抽出を困難にしている。

治験の最大のハードルの一つは、時代遅れのプロセスを刷新するために、現状を打破することだろう。

AIが有用な分野と現時点での限界を正しく理解しておくことも重要だ。研究者はAIがあらゆる問題を解決してくれる絵空事ではなく、達成可能な短期的目標に目を向けなくてはならない。今のところは、アップルが実践しているような新たなデータソースの生成や、患者にデータ管理を委ねることが治験分野にとって画期的になる。パーキンソン病患者の重症度スコアの作成といったAIの新しい活用法もしかりだ。

治験分野でのAI活用の最終目標は、患者が現在アクセスできる情報と、より健康で知識を持った生活を実現するために、長期的に必要になる情報との差を埋めることだろう。

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