2019年2月21日(木)

臨床試験改革の「特効薬」 AIに集まる期待

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2019/1/28 2:00
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 一般に新薬の開発に必要な臨床試験(治験)は膨大な時間とコストを要する。製薬会社にとっては業績に直結するし、新薬を待つ患者にとっても切実な問題だ。長年の問題を改善する「特効薬」と期待されているのが人工知能(AI)だ。即効性があるわけではない。いまだアナログな部分が多く残る医療データはAIとの相性が良いとは言い切れない。だが、問題を解決しようとAI関連のスタートアップが続々と参戦。大手ではアップルがこの分野で存在感を増している。

2018年に米国で新たにがんと診断される人は170万人を突破したとみられる。一方、1万件を超える抗がん剤の治験で募集している新たな患者は、数千人に上る。だが、治験に登録するがん患者の割合は全体の5%に満たない。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週1回掲載しています。

理由は簡単だ。がんのような難病では、既存の治療で効果がなかった場合にだけ患者は治験に登録するからだ。しかも、手の施しようがないと診断された患者なら誰でも参加資格を満たすわけではない。多くの患者にとっては、自分が資格を満たしているかを知るのも至難の業だ。

資格を満たしていても、治験に参加するには費用も時間もかかる。さらに、原始的なデータ収集手段が問題を悪化させている。

治験のプロセスは患者以外の関係者にとっても非効率的だ。医薬品の治験には平均10年近くかかり、費用も最大で数十億ドルに上る。そして多くの治験は患者集めがネックになり、打ち切られる。650億ドル規模の治験市場には改革が必要だ。

AIは、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」を使った遠隔モニタリングから、機械学習による電子健康記録(EHR)の処理、AIを活用したサイバーセキュリティーのデータ保護に至るまで、無駄だらけの治験プロセスを合理化する大きな可能性を秘めた「特効薬」だともてはやされている。

この記事ではCBインサイツのデータと医療研究機関の現場での経験に基づき、治験でのAIの有用性と限界について分析する。患者の標準的な治験プロセスを下に図示し、各段階でのAIの可能性について調べた。

■治験の効率化は待ったなし

新薬を市場に投入するのは長く険しいプロセスだ。複数の調査を総合すると、米食品医薬品局(FDA)の承認を得るまでに開発中の薬を患者に試す「治験」の期間は平均7.5年で、費用は1億6100万~20億ドルに上る。

治験にはその段階ごとに多くの時間と資金がかかるが、「第1相」を始めた新薬のうち、最終的にFDAの承認にたどり着けるのは1割にすぎない。

新薬が市場に投入されるまでの長い道のり

新薬が市場に投入されるまでの長い道のり

治験が途中で打ち切られる理由は様々だ。参加者の不足や治験途中での患者の脱落、予想外の重大な副作用の発生、データ収集方法のまずさなどが挙げられる。プロセスが後になるほど、打ち切られた際のダメージは大きい。

スイスの製薬大手ノバルティスの17年1~3月期の純利益が15%減となったのは、心疾患の治療薬が第3相で打ち切られたことが一因だった。米国では、Tenax Therapeutics(テナックス・セラピューティクス)が主要新薬の開発を第3相で断念した2カ月後に、最高経営責任者(CEO)が辞任。同社は合併か身売りを検討しているとされる。

治験失敗のコストは創薬スタートアップではさらに顕著だ。新薬の研究開発コストの高さは、消費者の医療費に影響する。開発段階で打ち切られた薬の研究開発費も、法外な医薬品価格の一因であることが多い。

■治験の現状

治験が失敗に終わったり、非効率的だったりすれば患者に犠牲が及ぶ。下の図は、あらゆる治療を試しても効果がなかった場合に、患者がたどる現時点での標準的なプロセスだ。

治験の現状

治験の現状

治験への登録と参加は新たな試練であるため、大半の患者にとってはつらい経験となる。

多くの治験はいまだにデータの収集や確認に原始的で時代遅れな方法を使っている。患者のカルテをファクスで送ったり、瓶に残った錠剤を手で数えたり、患者の日誌の内容から服薬状況を判断したりしている。このプロセスには抜本的な改革が必要だ。AIは治験のあらゆる段階を一変させる可能性を秘めている。

患者と治験の適切なマッチングは、治験チームと患者の双方にとって時間のかかる困難なプロセスだ。

米IT(情報技術)サービスCognizant(コグニザント)のリポートによると、募集期限までに十分な患者を集められなかった治験は約80%に上り、第3相で打ち切られた治験のうち、患者の不足が打ち切りの理由だった治験は約3分の1を占める。

ちなみに、米国で現在患者を募集している治験は1万8000件を超え、乳がんだけでも約1000件に上る。

医師が募集中の治験の情報を持っていれば、医師から治験への参加を勧められることもある。だがそれ以外の場合には、患者は過去と現在進行中の治験をまとめた公的データベース「ClinicalTrials.Gov」で探し回らなくてはならない。

AIを使った望ましい解決策は、患者の診療記録から情報を抜き出し、募集中の治験と突き合わせて最適な案件を提案することだろう。実際、電子健康記録や検査画像などの診療記録から情報を抽出するのは、医療分野で最も需要の高いAIの使い方の一つとなっている。

■電子健康記録の互換性の問題

米政府はこの10年間で電子健康記録のデジタル化に280億ドル余りを費やしてきたが、患者の医療データを中央集権的に管理するシステムは存在しない。それどころか、診療を受けた全ての医療機関から自分のカルテを入手することもできない。

患者の医療データとプライバシーを保護する法律では、患者の一般的な同意があれば、患者のデータを名前や社会保障番号(SSN)などの個人情報を伏せた上で共有できるとしている。このため、こうした医療データセットを解析し、参加資格を満たす患者を数分以内に提示できるサービスが誕生している。従来であれば数カ月かかったプロセスだ。

ただし、医療機関やソフトの垣根を超えて健康情報を簡単に共有する互換性の問題は解決していない。同じ患者に治療を施しても、病院やクリニックによってデータを入力する電子健康記録のソフトは異なる。治験では、研究者がいまだに様々な病院に特定の患者の診療記録を送るようファクスで依頼し、病院側も患者の情報をファクスか電子メールの画像で送ることが多い。

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