女性に人気 ベーカリーで売る「パンに合わせる牛乳」

2018年4月に発売された「パン好きの牛乳」が、20~30代の女性を中心に人気を集めている。販売しているのは「カガクでネガイをカナエル会社」のキャッチフレーズでもおなじみのカネカのグループ会社・カネカ食品だ。もともとカネカグループは製菓や製パン材などの原料を扱っており、日本全国のベーカリーとのネットワークがあった。この販路を生かしてパン業界に貢献したいと考えたことが商品開発のきっかけだった。
「既存の牛乳は産地や製法をアピールしているものが多く、食シーンを連想させる牛乳はなかった」と、カネカFoods&Agris Solutions Vehicle 乳製品事業開発 Strategic Unitの吉岡敏志リーダーは話す。
商品がヒットした背景には緻密なデータ分析もあるが、何よりも新しい消費者ニーズを作ったことにある。
「シェアの奪い合いではなく、『パンのおとも』として選んでもらえているという実感。試飲会やパンフェスで『牛乳を久々に飲んだけどおいしいね』と言ってもらえることがうれしい。小さいころや学校での給食時代を思い出し、牛乳の良さを感じてもらえる商品を作れて良かった」(吉岡リーダー)
乳製品事業を立ち上げ、新規事業の第1弾として選んだ牛乳。その国内市場は、全体としては横ばい傾向にある。商品開発にあたって現状を調査したところ、主に40~60代の主婦層の家族向けリピート購買は根強いが、20~30代女性には牛乳の飲用習慣がまだ根付いていないという分析結果が出てきた。ただし、200~500mlの低容量牛乳での販売金額規模は拡大している。同社はここに商機があると踏んだ。

また、ベーカリーの冷蔵ケースに商品を並べることを考えると、1000mlでは大きすぎる。さらに単身世帯や核家族が増えているなか、大容量サイズは期限内に飲み切れないので買いにくいとも考えられた。
牛乳市場を活性化させるためには、既存の主婦層だけではなく新しいターゲット層にも購買してもらう必要がある。そのため、あえて牛乳販売市場の9割強を占める1000mlではなく、500mlというサイズで販売することを決めた。
「パンと相性の良い味」にこだわる
1970年代に他社に先駆けて欧州に生産販売拠点を設けて乳原料を輸入していたカネカは、技術提携パートナーとして、ベルギーでオーガニック乳製品に定評があるPUR NATUR(ピュアナチュール)を選んだ。企業としての理念、取り組みにも共感し、商品開発が始まった。
「製品化にあたっては、生乳の品質をいかに損なわないかが重要。最も苦労したのは、加熱温度のコントロール。ピュアナチュールの技術を生かして、生乳を加熱する温度と時間を丁寧にコントロールして、理想の味に仕上げることが大変だった」(吉岡リーダー)

牛乳のコクは、生乳を加熱した際の「焦げ」によって生まれるという。しかし生乳の焦げが多すぎるとコクは強くなるものの、のどごしが悪くなってしまうため、目標としている「コクがあるのに後味すっきり」にはならない。そのため、加熱しすぎない絶妙なバランスが求められた。
従来の殺菌設備ではなかなか思い通りの味にならず、国内製造元の泉南乳業の工場で試行錯誤を重ねた。最終的に設備改良まで行った結果、出来上がった製品は「飲んでみると思わず『やっぱり違うね』という感想が漏れるほどのクオリティーに仕上がった」(吉岡リーダー)。

商品が完成したあとは、パン好きのブロガーやパンを愛好する人たちが集まる会に足を運び、商品の試飲会を行った。「パン好きな人たちに実際にパンと一緒に飲んでもらい、約3カ月間にわたって感想を聞いた」と吉岡リーダーは語る。「あんパンやメロンパンなどの甘い菓子パンと牛乳を合わせて飲むことは定番」(吉岡リーダー)。だが、パンが好きな人たちからは、総菜パンやカレーパンなど味の濃いパンにも合うと「お墨付き」を得られた。
一般的に、牛乳が好きな人はコクがあり、濃厚な味を好む。だが、パンと一緒に牛乳を飲むとなると、パンの味を邪魔しない、すっきりした飲み口が好まれる。後者を意識した商品であることから、「牛乳独特の臭みがないから、これなら飲める」という牛乳嫌いの社員も多い。
週に100本売るベーカリーも
発売後は、パン関連のイベントにも出展を重ねた。さらに、流通経路をベーカリーに絞り、取り扱い店舗数が少なかったことが、パンが好きな人たちの間で「レア感」を生んだ。商品を販売するフードカーは毎回大盛況。消費者の注目を集め、「やっと(商品が)買えた」と言う声も聞かれた。
また、白を基調としたシンプルなパッケージにしたことで、「これかわいいね」と手に取ってもらうことに成功したという。Instagramではお気に入りのパンと一緒に商品を並べた写真を中心に、「パン好きの牛乳」というハッシュタグ付き投稿が1500件以上並ぶ。

独特の商品名も、ベーカリーの店頭で目を引いた。出荷本数では発売から約3カ月後の18年7月を100とすると11月では2.3倍以上の売り上げ。これは同社の想定を超える売れ行き。全国のベーカリーでも試飲会を行い、商品のファンやリピーター獲得につなげている。
週に100本以上売れている店舗もあり、「牛乳がこんなに売れるとは思わなかった」という驚きの声も聞かれるようになった。
次の商品は「小容量」と「カフェオレ」
今後は、スーパーマーケットなども含めた販路の拡大を目指す。「18年12月時点で販売店舗は500を超えているが、19年3月までには1000店舗を目指したい」と吉岡リーダーは意気込みを語る。
さらに、イートインできる店舗に置かれることも想定し、その場で飲むことのできる200ml入りも19年中に発売予定だ。家庭で消費する持ち帰り用は500ml、その場ですぐに飲む用は200mlとラインアップを拡大。より商品認知を高めると共に消費者ニーズに合わせたすみ分けを図る。
また、関連商品として、19年中に牛乳をベースにしたカフェオレを発売予定。パンの食事をサポートするというシーンを意識した商品として、シリーズ化していく計画だ。
(ライター 秋元沙織)
[日経トレンディネット 2019年1月16日付の記事を再構成]
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