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イチロー杯表彰式でイチローが伝えたかったこと

スポーツライター 丹羽政善

思ったより早く愛知県豊山町に着いたので、この辺りに自分が通っていた幼稚園があったはずだと検索して向かってみると、あるにはあったが、昔の記憶とはなんら結びつかない建物がそこにあった。もう何十年も経っている。当たり前である。

それよりも、幼稚園と目と鼻の先にイチローのメモリアルグッズが展示されている「I-fain」があって驚いた。まさかこんな位置関係だったとは。そして、イチロー杯の表彰式が行われる豊山町社会教育センターは、そこから車で5分もかからなかった。

23回目を迎えたイチロー杯(イチロー杯争奪学童軟式野球大会)の表彰式が昨年12月23日に行われた。これまで帰省のタイミングが合わず、取材に行ったのは今回が初めてだったが、真剣であると同時にイチローが子供たちからの質問コーナーで見せたあのテンションの高さは、普段は見せない一面ではなかったか。

冒頭、マイクを手にすると、「みなさん、こんにちは。シアトル・マリナーズのイチローです!」と大きな声であいさつ。会場となった社会教育センター内の体育館にはスピーカーがいくつかあったが、いずれもかなり上の方。スマートフォンの録音機能で声が拾えるか心配したのだが、杞憂に終わった。

「自分ができないと思ったら絶対にできない」

続く言葉には熱がこもっていた。

「みんなに伝えたいことは、自分ができると思ったことは、必ずできるとは限らないけれど、自分ができないと思ってしまったらそれは絶対にできない、ということ」

いろんなことがオーバーラップする。昨年3月にマリナーズと契約したが、5月に選手登録から外れた。自分の思いだけではどうにもならないことがある。それでもできないと思えば、その先はない。

「周りができないということはたくさんあるんだけれども、それでも自分が頑張っていたら、最後はできることがたくさんあります。できないことももちろんあると思うけれど、自分の中で自分の可能性を決めないでほしい」

昨年末の「イチロー杯争奪学童軟式野球大会」の表彰式で、子どもたちにメダルをかけるイチロー。23回目の開催だった=共同

イチローは安易に"必ずできる"とは言わない。さらに子供たちにこう訴える。

「人がどんな人間かっていうのは、人が見ているところで見える姿ではなくて、人の見えないところでどんな自分であるかということが、その人であるのかなという気がします。自分一人で頑張らなきゃいけないときに頑張るというのは力がいるし、難しいことなんですね。だから、常に自分に自分はどうなんだということを問うというか、そんな人間、大人になってほしい」

そこにも自らを重ね合わせているかのよう。

「僕はそれをできているとは決して言えないんだけれども、(昨年)5月頭にゲームに出られなくなってから一人でトレーニングをしたり、バッティングをしたり、ボールを投げたり、ほとんどがそういう時間だったんですね。で、そこで思ったのは、自分でこれを続けられるかどうか、続ける自信があるかどうか。手を抜くことも同時に簡単にできてしまう。でも、そこで手を抜いてしまうと、最後、シーズンを終えたときに自分が自分に負けてしまったような感覚がきっと残ると思った。今年(昨年)、それは自分でできたんじゃないかなと思っている」

おそらく、子供たちには難しい話である。身をもって経験して初めて、その言葉の意味を理解できる。ただ、頭の片隅にでも残っていれば、いつかその人を支えることになるかもしれない。

イチローはこうあいさつを締めくくった。

「イチロー杯争奪学童軟式野球大会」の表彰式で、子どもたちを前に話すイチロー。質問には真摯な言葉で答えた=共同

「みんなが大人になっていく途中で、自分に負けそうになったときに今日のことを思い出して前に進めるような、そんな大人になってほしい」

そのとき、2階席にいた父兄から大きな拍手が沸き起こった。彼らにとってこそ、身につまされる話ではなかったか。

もっともあの日、イチローは堅い話ばかりをしたわけではない。あいさつの後、子供たちの方へ自ら歩み寄って、「質問、どうぞ」と促した。

「毎日、必ずやっていることはなんですか?」と聞かると、「毎日僕が、カレーを食べているってみんな思ってるんじゃないかと思うんだけれど、それは違います。毎朝、食べてた時期もある。でも365日、毎日食べているわけではありません」と答え、子供の笑いを誘う。

「高校を卒業したらプロに行きます。イチロー選手と対戦したいので、日本に帰ってきてくれますか?」という質問には、「おぉ~い! 直球来たねぇ」とのけぞった。

「51までできたらいいけれどね」

緊張気味だった子供たちの表情もすっかり緩んだが、イチローは先日訪れた高校に夢がないという生徒がいた、というエピソードを披露。「夢や目標を持つことを恥ずかしいと思わないで。なにもないと前に進めないので、ないよりもなにかを見つけてほしい。なにかに打ち込める時期ってすごく大事だからと伝えた」と続けた。その上で、「さっきの話じゃないけれど、出来ると思っても出来るとは限らないんだけれど、出来ないって思ったら本当に出来ないから、今の決意表明、すごい」と質問をした子供に言葉をかけている。

そして、直球には直球でイチローは応じた。

「僕が日本でやることはないと思います」

先日もトヨタ自動車・豊田章男社長がパーソナリティーを務める名古屋のFMラジオ番組に出演した際、「神戸にチームがあったら考えていたと思うんですよ。戻る場所としては神戸だと思うので。でもそれはもうないですから」と改めてイチローは日本球界復帰を否定したが、この日も、そのスタンスにぶれはなかった。

「将来、僕とやりたいっていうならアメリカに来てやろうか。大リーグで。どうですか?」

実現するのか。

「今いくつ? 12歳? ちょっと難しいかもしれないね。気持ちはあるんだけれども、18(歳でメジャーデビューする)として6年。僕がその時51だから……。良い番号だねえ。51まで出来たらいいけれどね。頑張るわ。そういう目標を持つことは大事だからね」

まだ、マリナーズとの契約が決まらない。時間の問題だが、たとえ決まっても、3月に東京で行われる開幕戦まで、という見方がくすぶる。その真偽はともかく、イチロー自身はその先があると信じて疑わない。

「自分ができないと思ってしまったらそれは絶対にできない」

今年もそのことを強く意識しながらの1年になるのかもしれない。

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